園田くん(5)

野球部に入る時から覚悟はしていたけれど、朝はどうしても早起きしないといけない現実にはテンションが下がる。

自分の部屋を出て、洗面台で顔を洗い、リビングまで来て母さんが用意してくれたご飯、味噌汁、目玉焼き、サラダが並べられた食卓を見て、オレはどうにか下がった気分を上げ、出来立てのご飯を口に運ぶ。

「ふぁ…お味はどう?」

オレの起きる時間に合わせて朝ご飯を作らないといけないので、母さんも眠そうな顔をするけれど、不満は口にする事は無い。

けれど、感想を求められるので、なるべく返すようにはしている。

「ん、おいしい。」

「そう、良かった。」

それだけ聞くと、今度は父さんと妹の分も作らないといけないので、そっとオレから離れた母さんはまた台所へ移動していった。

登校前、この時間に起きているのは、オレと母さんだけで、あとの二人はもう少ししてから起きて仕事場や学校に行く。

タイミングにもよるけれど、朝は下手したら母さんしか顔を合わせない事もある、だけど、帰ってきたら皆に会えるので、結局顔を見ない日はほとんど無い、ごくごく普通の一般家庭。

そう、普通。

(…まだ、家族には全部言えてないんだよなぁ。)

自分のこの考えが、どこまで分かってくれるのか、こればかりは明かしてみないと分からない。

次に先生と話すなら、こんな話題かな…と考えながら食べていると、いつの間にか皿の上からご飯が無くなり時間が過ぎている事を知った。

時計を見るとギリギリな時間で食器を台所の流しへ置いて母さんに「行ってくる。」とだけ伝え、歯磨きを済ませて、すぐに家を出ていく。

登校ついでにランニングをしながら、オレの一日が始まる。

 

春の選抜は県大会の決勝で敗れてしまい、皆夏で挽回しようとやる気になっていた。

それはオレもそうだし、今ホームに立っている佐久間先生も、この男子校の歴史初の甲子園を目指せるかもしないとあって、練習に熱が入っている。

ギラギラと目を光らせている先生に一瞬臆してしまうけれど、オレは身も心も引き締めて声を出す。

「お願いします!」

オレの声に応えて、佐久間先生は持っていたボールを上に投げ、バッドでボールを打ち、そのボールの行方を瞬時に理解してオレは飛びつき、まずはファーストへと送る。

何本か打って貰い、暫くすると佐久間先生の「次、セカンド!」と大声がオレ達その場にいた野球部員全員の耳に届く。

それまでの練習で体力は減り、汗も凄く流れているけれど、それは言い訳にはならない。

投げるフォームは崩さず、肩も痛めない様に気を使いながら、正しい使い方を意識して投げた。

守備の練習は一度終わり、今度は投球練習へと変わる。

日頃おちゃらけている三島も流石に今は真面目な顔をしているけれど、グローブを構えて視線を送られた際にその口元は確かに笑っていた。

(…全く。)

本人なりにリラックスさせようとしているのだろうけれど、あれでは佐久間先生から叱られてしまうのも時間の問題だろうなと考えてしまう。

まぁ、そこが相手の心をそれなりに解す事が出来るムードメーカーの長所なのだろうけれど。

オレは一度思考を断ち切り、三島のグローブへ意識を集中させる。

そこから、手の中にあるボールの感触、動く自分の手足、そして一歩を踏み出して、白いボールが放たれた。

真っ直ぐ、少なくともオレから見た光景では、ボールが吸い込まれる様に三島のグローブの中へ収まり、三島は衝撃にぐっと堪えている様子だったけれど、立ち上がり手でサインを送ってくる。

(とってもいいぞ…はいはい。)

くすりと思わず笑いながら、オレは投げてきたボールを受け取ると、そこで朝練終了の時間となった。

(…今日は先生と何を話そうかな。)

朝練が終わり、更衣室で着替えをする中でオレはそればかり考えてしまう。

授業もあるのにとは思うものの、勉強さえ終わればすぐに来る昼休みの事を心待ちにしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る