園田くん(1)

言ってしまった、とは思いながらオレは自分の口を止める事が出来なかった。

 

野球部の練習が終わり一緒に帰ろうと誘う奴らの誘いを断って、まだ間に合うと必死になってここに辿り着く。

 

保健室、そう刻まれた札がこっちだという様に揺れていた。

 

部屋に電気が点いていたので、オレはすぐに扉を開けてその姿が見えたので、肩の力が抜ける。

白髪交じりの髪に、眼鏡、白衣を羽織ったその姿は、生徒からは「平均的なおっさん!」なんて言われている、養護教諭の則井先生。

部屋にオレが来た事を知った先生は、すぐに保健室の椅子に座るよう手で合図してくれる。

オレが座ると、向かいの空いている先生専用の椅子に向かい合って座ってくれて、声を掛けられた。

「どうした、部活で怪我でもしたか?」

時間帯を考えればそう思うだろう、けれど今回オレがここに来たのはそれが理由じゃない。

でも、どう伝えたら良いか分からなくて子どもっぽいと思いながらも、頭を振って答えてしまう。

この行動に対して奇妙に感じられたとオレは思ったけれど、先生は何も言わずただそこから立ち上がり、保健室の鍵をそっと閉めた。

そういえば、と考える。

今から話す内容は、あまり人に聞かれたくない話で、噂にもなって欲しくない。

オレがただ気まずそうにしているだけで察してくれたんだ、とオレは凄いと驚きの目で則井先生を見る。

「確か野球部のピッチャーやってる…えっと。」

「園田です、園田健。」

何百人もいる生徒の名前を一人一人憶えるなんて出来ないだろう、それでも憶えて欲しくて、はっきりとした声でオレは名乗った。

それを聞いた先生は、記録する為の紙とペンを用意して更に話を進める。

「そうそう、園田くん…で、今回はどうしてここへ?」

さっきとは違うトーンで話されて、オレは先生が真剣にオレと向き合ってくれていると考えて嬉しいと思う、その反面。

申し訳なく思った。

(オレは…自分の事しか、考えていない。)

けれどもうここまで来たなら、後戻りは出来ない。

必死に頭を回して、言葉を選び、出口である口を零さないようぎゅっと引き締めて…そして告白した。

 

「オレ、男が好きみたいです。」

 

その瞬間、世界からオレが消えた様な気がした。

これまで、野球部のエースとして周りからもてはやされた存在の園田健という存在が、この一言で爆発してしまったかの様で、オレは全身が燃えている様な熱に包まれる。

早く、早くこの熱がオレを消してしまえば良い、そう思いながらあの声を待つけれど…遠くの方から聞こえるカラスの声しか聞こえてこない。

ギリギリの判断を任される審判の様に、則井先生が言葉を掛けてくれなくて、オレは不安になりつい呼んでしまう。

「先生?」

呆然とした表情をしていた先生は、オレの声を聞くと慌てて記入しようとしていた紙とペンを置いてしまった。

すまないと謝ってくれる先生に、オレはそれもそうだと思う。

「やっぱり…戸惑いますよね、急にこんな事言われて。」

先生はさっきのオレみたいに掛ける言葉をいっぱい探してくれるように、少し時間を置いてから話してくれる。

「それで…何でそんな重要な事を教えてくれたんだ?」

重要、その言葉がオレの胸に刺さった。

ああ…この人は、世間じゃ爪弾きされてしまうこの想いを受け止めてくれたんだという驚きと、オレの考えを蔑ろにしないで丁寧に扱ってくれるんだと嬉しさが心の中に満ちてくる。

オレの心が安心したのか体も力が抜けて、話す口も堅くなっていたのが随分話しやすくなった。

「その…自覚したのは最近で、親に話しても理解してくれるか分からないし、友達も信用してしない訳じゃないけれど、話が広がるのは嫌だし…それにここ、男子校ですし。」

嘘は言っていない、実際この気持ちを人に言うのは勇気が要るし、これを知っている大人は今話した則井先生だけだ。

でも少しでも情報を集めたくてネットを開いてみたけれど、情報が多過ぎて分からなくなったと先生に話すと頷かれる。

「だから…その、まだオレ自身どうなのかよく分かっていないけれど…オレの事を、全部じゃなくていいから、この一部でも知っている人が欲しくなって。」

―嘘は、言ってない。

仲間が欲しいという訳じゃないけれど、この気持ちを一人で抱えるのはとても辛かったから。

どんな返答が来るだろう、と思いながら先生の言葉を待っていると。

「男子高校生とはいえ、そろそろ帰らないとマズい時間じゃないか?」

え、と思い後ろの壁に掛けられた時計を見ると、先生の言葉通りに遅い時間になっていて頭の中で警報が鳴り響く。

(やっば、母さんに遅くなる事伝えてない!)

ご飯の準備する時間もあるんだから、と帰ってきたら怒られそうな気がして血の気が引き、帰り支度をし始める。

「すみません遅い時間まで…付き合って下さりありがとうございました。」

お辞儀をしてから保健室を出る時に、もう一度お礼の一言を先生に伝えた。

「オレの話、聞いてくれて嬉しかったです。」

この一言に、少し口をまごまごさせた様子が見えて、オレは言って良かったと素直に思う。

すると、先生の方からも言葉をくれた。

「色々悩む事あると思うけどよ、吐き出したい事を聞くだけなら…また聞くぞ。」

 

また…また!?

 

思ってもみなかった言葉が聞こえて、オレは前のめり気味に聞いてしまう。

「また…良いんですか!?」

突然のオレの大声に驚いた顔をしながらも「あ、あぁ…。」と答えてくれた。

「ありがとうございます!」

オレは嬉しくなって何回繰り返しただろうお礼の言葉をまた口にする、先生は呆気に取られている様子だったけれど、オレは構わず帰りの道を歩き出した。

 

またあの時間が貰えると、何度も先生がくれた言葉を思い返しながら歩くのは。

とても幸せだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る