獲物《てき》

 (まさかアイツの…引き殺しタックルが役に立つとはな…。愛してるぜ大牙…。)


 略奪者ヴェロキラプトルの丸太のような尻尾をホールドし続ける俺はニヤリと笑みを零しながら、今この場に居ない長身単細胞剣バカ男に愛のメッセージを飛ばした。

 

 (だがしっかし…こっからどうすっかな…。身体もガタガタだし、正直…立ってんのも精一杯なんだよな…。)


 その言葉通り、俺はその後の行動が取れないでいた。


 だがそれも致し方ない。


 略奪者からあれだけの猛攻を喰らい続け、ようやくその攻撃を捉えた時には、既に人間の身体の限界にきていたのだ。

 むしろここまで前線したのは奇跡と言っていい。


 それに時間は十分稼いだはずだ。


 恐らく既に椿が耕太たちに状況を伝え、避難者たちの退避を開始している頃だろう。

 俺の役目は…ここまで…。


 《死んだら…許さないから…ッ!!》


 「……ッ!……ハッ。ったく…厄介な言葉残しやがって…。椿のやつ…やっぱ俺のこと嫌ってんだろ…。」


 と思い始めていたが、椿が残してくれた言葉を思い出し、苦笑いを浮かべながらホールドする腕の力を強める。

 何かを感じ取ったのだろう。略奪者が突然暴れ出し、俺のホールドを振り払おうとしてきた。

 だがしかし、


 「ワリーな…。もう少し付き合ってもらうぜッ!!」


 それよりも早く行動に移した俺は、身体を無理やり動かし尻尾を担ぐ姿勢にすると、血反吐を吐き、全身から嫌な音が響くのも顧みず、俺は今までのお返しとばかりに勢い任せに背負投げを繰り出した。


 体格差は圧倒的に略奪者の方が上。


 しかし背負投げは、そのハンデを覆す。


 「ゼアァァァァーーーーーッ!!!」


 驚きの声を上げる暇も無く略奪者の身体は宙を舞い、遠心力で生まれた速度そのままに略奪者は硬いアスファルトに叩きつけられた。

 かなりの威力だったのか、衝撃により叩きつけたアスファルトにひび割れが起き、略奪者の口元から黒い何かが吐き出される。

 そこから略奪者はピクリとも動かなくなってしまった。


 「ハァ…ハァ…ハァ…。人間…舐めんなよ…。」


 俺は掠れた声で捨て台詞を吐くと、度重なる身体の負荷により全身に激痛が走る中、ゆっくりと右腕を上げる。

 そんな余裕、今の俺にはあるはず無かったのだが、本能的にその行動を取ったのだ。

 ヒーローがヴィランを倒し、多くの人を救った時に行う勝利のスタンディング。

 ヒーローの象徴とも言える行動を…。


 クラカヵ…


 だがそれは、先程よりも悍ましく硬い声によって打ち止められる。

 

 「……。そりゃまあ…テメェーがこの程度で…倒れるはずも無いわな…。」


 倒れていた略奪者。しかし…それは一時的なものだった。

 目の前にいる漆黒のトカゲ野郎は、ゆっくりと立ち上がり首をブルッと一振する。


 クラカカカヵヵーーーーーーッ!!!!

 

 駐車場内を震わす、突然の咆哮。それが終わった途端、ヤツは白眼をギョロッと動かし、俺を睨みつけた。

 そして身体を前屈みにし、前脚をこちらに突き出し、即座に戦闘態勢へと切り替える。

 俺は…ようやく理解した…。


 (なるほどな…。どうやら俺は、出世したらしい…。ヤツの玩具から…ヤツの…明確な獲物てきに…ッ。)


 略奪者の全身から溢れ出る漆黒のオーラ。

 それに少し当てられるだけで、並みの人間なら失神を余儀なくされるかもしれない。

 既に意識が朦朧としている状態のせいか、それとも神経が麻痺してるせいか、俺は失神することは無かった。

 

 (だけど…これは失神しといた方が幸せだったかもな…。肌がヒリつくほどの…明確な殺意。)


 「こりゃ…簡単には死なせてもらえねぇみてぇだ…。」


 俺が軽く笑った瞬間、それが合図のように略奪者はさっきと同じように素早い動きで俺の懐に潜り込むと、これまたさっきと同じように、お決まりのテールスイングを俺の腹目掛け打ち込んでくる。


 だがさっきの攻撃とは1つ違う点がある。それは素早さだ。


 俺はその動きを視認することが出来なかった。簡単に言えば、気付いたら居たという感覚だ。

 視覚で捉えるのは不可能。

 であれば…


 (最後に信じれるのは…己の直感のみ…。だが生憎だったな…。それはさっき…散々見てんだよ…。)


 略奪者の尻尾の間合いギリギリ。ほんの数コンマ遅れただけで致命傷。

 直感とタイミングが生死の鍵を握るが、略奪者の尻尾の間合いは先の攻撃で把握済みだ。

 俺はテールスイングが当たる直前、足を蹴り上げ後方へ必死の回避を見せる。後方に飛ぶことなら、後ろに倒れる原理を使いボロボロの身体でも無理なく動かすことが出来る。

 そう判断した俺の読みは見事に的中した。

 俺の腹ギリギリに略奪者の尻尾が空を切る。


 まさに紙一重。


 だがそれでも、ただでは済まなかった。

 略奪者の尻尾が空を切った途端、あまりの風圧に後方に蹴った勢いが加速され、吹き飛ばされたのだ。

 何とか受け身を取り衝撃を緩和させた俺は、次の攻撃に備え片膝立ちで構える。

 だが…。


 (攻撃…してこない…?)


 追撃が来なかったのだ。

 たった一振り。それだけで終わった略奪者からの攻撃。

 

 (今のヤツなら…追撃してきてもおかしくない…。なのに何故…?)


 不気味なほど動きがない略奪者に、俺の警戒心は最大だった。

 何かある。そう思うしか無かったが、その疑問は、直ぐに理解することになる。


 ニチャ〜


 突然、略奪者が不気味な笑みを浮かべたのだ。俺は次の攻撃があるかもしれないと備えていた。

 だがその時…


 ブシャッ!


 「……は?」


 最初、何が起こったのか分からなかった。何せ腹から突然鮮血が吹き出したからだ。だが腹だけじゃない。

 手や足、全身に何かに切り裂かれたような切り傷が現れ、次々と血が流れ出す。


 「…ゴフ…ッ。」


 遂には口からも赤黒い血を吐き出してしまった。

 俺は全身に走る痛みのせいでその場にうずくまり、悲痛の叫びを上げた。

 こうでもしないと、痛みのせいでどうにかなりそうだったから…。

 

 (何だ…何が起こった…ッ?俺はヤツの攻撃を回避したはずだ…。何で切られてんだ…ッ!?)


 理由の分からない状況に、思考の整理がつかない。次々と湧いてくる疑問、際限なく前進を駆け巡る激痛、それら全てが俺の判断力を鈍らせた。

 だからその隙を突かれた。

 

 「……ッ!?ガハッ!!」

 

 蹲る俺に音もなく近づいてきていた略奪者から、強烈な蹴りを入れられたのだ。俺は吹き飛ばされ、近くの支柱に背中から衝突。

 肺の中の空気が全て吐き出され、激痛が走る俺は支柱に持たれるように倒れた。

 薄れゆく意識。視線の先で略奪者がカカカッと笑いながら、俺目掛けゆっくりと近づいてくる。

 逃げようにも既に限界の身体を無理やり動かした反動と、先程の謎の切り裂き攻撃と今の蹴りのダメージのせいで、もうマトモに身体を動かすことが出来なかった。

 

 (全く…情けねーな…。あんな大見えきっといて…これじゃ、アイツに顔向け出来ねーよ。)


 自分の死期を悟った俺は薄れゆく意識の中、大事な幼馴染のことを考え笑みを浮かべる。

 もう反撃する気力もなし、後は無惨に殺されるのみ。

 その時ふと、今更ながらどうでもいいことを考えた。


 (それにしても…何で急に…切られたんだ…?俺は…攻撃を避けたはずなのに…。何で…。)


 略奪者からもたらされた不可視の攻撃。これだけはどう考えても分からなかった。

 だが、意識が落ちる寸前、俺はその正体を垣間見る。

 こちらに近づいてくる略奪者の尻尾の辺りに、何かが見えた。

 それは、尻尾の先端から伸びる更に細長い、黒色の帯のようなもの。

 その切っ先は無数に枝分かれしており、その一本一本が嫌なギラつき方をしていた。


 「……何だよ…それ…。」


 それは漆黒のオーラを纏った、乗馬などでよく使われる追い鞭の一種だった。

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