闇に潜む者たち
ボッチ少年と分かれた俺は、椿たちの元へ戻ろうと来た道を引き返していた。
そろそろ戻らないと後で耕太からの、“ありがたーいお言葉タイム”が始まってしまうかもしれない…。
アレだけはマジで面倒臭いので、何とか回避したいものだが…。
と、そんな事を考えていると…。
「んな!貴様はッ!」
「ん?」
何か聞き覚えのある声が聞こえ、声のする方を見てみると、そこに居たのは先程暴動の中心にいた強面の男だった。
「あぁ…オッサンはさっきの…。シモネタカサヲ。」
「
至って真面目に思い出し名前を呼んでみたのだが、どうやら違ったみたいだし、相手を怒らせてしまったようだ。
頭からプスプスと茹でダコのように湯気を漂わせる下山は、今にも俺に掴みかかって来そうな勢いではあったが、何やら深呼吸をすると真っ赤だった顔が徐々に元通りになっていく。
そして直ぐに、はぁ…と溜め息をつくと、
「まあいい。今は貴様に構ってる暇なんてない。梅宮ちゃんからのお願いがあるかなら。そこを退け、作業の邪魔だ。」
そう言って俺の横を素通りしていった。
しかもその後ろに何人もの男衆を連れており、手には何やら工具や軍手などをしている。
一体何を?と、俺は疑問に思い、
「一体何やってるんスか?」
と、純粋に下山に聞いてみた。
すると下山は、あ?とガンを飛ばし、面倒臭そうな表情を浮かべたが頭をワシャワシャと
「…バリケードの強化だ。今、地下1階部分はバリケード用の車両で埋めつくされてる。貴様も見たと思うがな。だが、地下1階と地下2階を繋ぐこの車両用入口は、殆ど手付かずの状態だ。これでは万が一、1階部分が突破されでもすれば、2階は完全な無防備となってしまうんだ。だから、今から俺達が簡易的ではあるがバリケードの強化を行うってわけだ。まあ、単なる時間稼ぎにしかならんと思うがな。」
イラツイている割に
耕太はあの漆黒の獣たちの力を間近で見ている。それは俺達も同じだ。
だから今下山たちが作ろうとしているバリケードに、相応の信頼は置いてない。
恐らく耕太の目的はただ1つ。
ヤツらの足を鈍らせ、俺達の避難できる時間を確保すること。
そもそもこんな閉鎖空間でヤツらに襲撃されでもしたら、逃げることが出来ずゲームオーバーは確実だ。
もし逃げるとすれば、俺達が入ってきた所とその反対側にある2つの非常口と、エレベータホールに設けられた会社内へと続く階段の3つのみ。
ヤツらの能力は未知数なことが多いが、本質的には普通の動物とは変わらないはずなので、恐らく非常口の扉を開けるまでの発想は無いはずだ。
であれば、侵入してくる経路は1つ。この車両用入口ってことになる。
だから耕太は、下山たちにこの場所の強化を指示したのだ。
しかも下山たちは先程、建築の仕事をしていると言っていたので、こういったバリケードの設置などは専門分野だと言える。
采配は完璧だ。
(やっぱ耕太はスゲーな…。相手の得意を理解し、それを的確な場所で活かす。アイツの得意分野であり、アイツを生徒会長たらしめる才能…。)
「理解したらなさっさと行け。俺達はこれから仕事だ。」
「頼んます。」
下山が俺を追い払うように片手でジェスチャーをし、俺はそう言いながらその場を離れた。
(にしても梅宮ちゃんって…。オッサンたちまだ耕太が女だって思ってんのか?可哀想に…。)
「と、そんなこと考える前に、早く合流すっか。俺にも何か出来ることがあるかもしれんし。」
頭を振りながら、下山たちのいる車両用入口を離れる俺は、椿たちの元へと急ぐ。
しかし、ある場所に近づいた時、俺は不意に立ち止まった。
(ん?なんだ?)
それは、俺達がここに来る時に入ってきた非常階段への扉。
何かおかしな点があるわけでは無い…。無いが…。
変な気配を感じたのだ。
勘や直感…本能に似たなにか…。ただの勘違いかも知れない。
ただその瞬間…俺の中の何かが警鐘を鳴らした。
バゴッ!!
「……ッ!!」
突然、頑丈そうな鉄の扉に向こう側から何かがぶつかったような音が響く。
俺は身体をビクつかせ、直ぐに拳を構えた。
バゴッ!バギャッ!
さらに鉄を引っ掻くような嫌な音も混じったものが立て続けに鳴り響く。
(何か…いやがる…。)
直感で感じた。これは物が当たったような、そんな生易しい音ではない。何か生き物が扉にぶつかる音。
得体の知れない恐怖が俺の全身を包み込み、冷や汗が1つ、俺の頬を伝い顎から下のアスファルトへと落ちていく。
ピチョン…
「ダス…ゲデ…。」
額の汗がアスファルトに落ちるのと、その掠れた声が扉の向こうから響いたのは、ほぼ同時だった。
(人の声…ッ!)
扉の向こうに人がいる。
もしかしたらヤツらからギリギリ逃れ、ここまで辿り着いたのかも知れない。それに、今の掠れたような声は、大怪我を負い、命の危険に落ちいっているのかも知れない。
そう思った時には、俺は既に扉の前まで駆け出し、ドアノブに手を掛けていた。
助けるんだ…。俺の頭の中は、その言葉で埋め尽くされる。
そしてそのまま、ドアノブを回した時だ。
《よせ…》
「……ッ!!」
俺の耳元で、確かに聞こえたのだ。男の声を…。
(幻聴?いや…それにしてはハッキリとし過ぎている。)
謎の声により、俺は握っていたドアノブを離した。
すると、微かにドアが空いてしまっていたのだろう。鉄の扉がキュイッと高い音を立てながら、ゆっくりと開いていく。
扉の向こうには、誰も居なかった。それどころか、吸い込まれそうなほどの暗闇が広がっている。
そして冷たい空気が避難所の中へと入って来るが、その中に漂う微かな鉄の匂い。
嫌な予感がした俺は、直ぐに扉を閉めようとした。だが…
《避けろ…。》
バギャッ!!
再び聞こえた謎の声。それと同時に閉めようとした扉に衝撃が走り、俺はそのまま後方へと吹き飛ばされアスファルトの上に叩きつけられる。
辛うじて受け身を取りダメージを軽減したが、それでも背中や腕の痺れが収まらない。
かなりの衝撃が加わったと肌で感じ取った。
「イッテ……ッ!何なんだよチキショーッ!……ッ!?マジかよッ!?」
苛立ち混じりに身体を起こしたその刹那、俺はあることに気づき反射的に左に飛ぶように転がった。
するとその直後、ガコンッ!!と駐車場内部全体に響くほどの轟音がなり、ついさっきまで俺が転がった場所にあの重々しい非常口の鉄の扉が落ちたのだ。
もし反射的に転がっていなければ、俺はあの重い鉄の扉の下敷きになっていたかも知れないと思うと背筋が凍る。
そして再び聞こえるあの声、
「ダズ…ゲデ…。」
本能が警鐘を鳴らす。
俺はそれに従い転がる身体を無理やり起こし、扉が無くなってしまった非常階段に視線を向ける。
しかしさっきと同じように、階段には誰も居ない。
いや……。
カツンッ…カツンッ…
微かに聞こえる…。これは…足音?
「ダズ…ゲデ…。ダズゲデ…。タズゲデ…。タスゲデ…。」
ゆっくりと近付いてくる足音。それと同時に、大きくなっていく助けを求める声。
だが…その声には、一切の生気が感じられなかった。
「タㇲゲデ。。」
ゾク…ッ!!
その声がクリアに、そして悍ましいものに変わった瞬間、階段の奥から2つのギラリとした瞳がこちらを睨むように光った。
あまりにも生気を感じない目に、俺は背筋を凍らせる。
(コイツは…ヤバい…。絶対にヤバい…。早く…アイツらに知らせねーと…ッ!)
しかし石にでもされたみたいに身体が動かない。
それに何故か声すら出せず、何とか絞り出そうにもカヒューッと息が漏れるだけ…。
まるで、金縛りにでもあったような…。
(クソッ!動けよッ!動けっつってるんだろう!!何で動かねーんだ!!早く知らせねーといけねーのにッ!!)
クラカカカッ…
時が止まる。その音はまるで、音虫の鳴き声を固くしたような、しかし、音虫のような心地よさなどは無い。もっと…こう、醜悪に満ちた音。
動かなくなってしまった身体を無理やり動かそうと頭の中で叫び続けていた俺の思考は、その音により全て打ち止められた。
止まってしまった身体と頭では、ただヤツの登場を、静かに見続けることしか出来なかった。
___ソイツは身体が成人男性程あった。
___ソイツはトカゲのようなシャープな頭を持ち、そのラインの先に細長い尻尾を持っていた。
___ソイツはがっしりとした2本の後ろ脚を持ち、前脚には3本の鋭い爪をギラつかせていた。
___ソイツの生気がなく真っ白な目をし、全身が漆黒に染まり、不気味なほど笑っていた。
(コイツはまさか…耕太たちが言ってた…ッ!)
その時、思い出したのだ。
コイツの正体を、耕太たちが話していたのを…。
そして俺は口にした。
太古の昔、略奪者と恐れられた、ある一族の名を…。
「…ラプトルッ!!」
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