第2話 東京事変

スタンピード

 炎城龍騎えんじょうりゅうきたちが漆黒の暴君からの襲撃を受けていた頃と同時刻。

 誰も知ることのない、とある秘密の施設にて。


 「副長官ッ!緊急です!」


 息を荒くし、ドアを蹴破る勢いで部屋に乗り込んできた丸メガネを掛けるヒョロっとした男。

 その目の前にはこの部屋の主である黒髪おかっぱ頭の青年と、ガタイの良い軍服姿の男が驚いた表情でこちらを見ていた。


 「そんなに慌ててどうしたんだい?今丁度、彼と出張土産のお茶を飲んでいたんだけど、君もいるかい?」


 そんなヒョロガリ男を落ち着かせるように、黒髪おかっぱ頭の青年は自分のデスクの上に置いてあるティーカップを優しく持ち上げ、未だに息が整わないヒョロガリ男に差し出す。

 男はありがとうございますと言いながら、差し出されたティーカップを受け取り一気に飲み干した。


 「落ち着いたかい?」


 「はい、ありがとうございます。」


 「それで、一体何があったのか詳しく聞かせてくれるかな?」


 ヒョロガリ男が落ち着いたことを確認した青年はデスクに戻ると、椅子に座りヒョロガリ男が慌てていた理由を尋ねる。

 青年の質問に対し1つ深呼吸したヒョロガリ男は、丸メガネを掛け直し向かいに座る青年に向け、ゆっくりと報告し始めた。


 「報告します。本日0955、渋谷区にての出現を確認!カースの発動により、周辺に甚大じんだいな被害がもたらされ、死傷者多数との報告アリ!」


 「……ッ!!そうか…分かった。直ちに部隊を編成。救助隊も現地に派遣。迅速じんそくに事態を終息させるんだ。」


 ヒョロガリ男からの報告に、先程の朗らかな雰囲気から一転。部屋の中にピリ付いた空気が流れる。

 しかしそれでも青年は冷静に、男に対して的確に指示を飛ばした。

 

 「それでペリップ…種別はもう判別が付いているのかい?」


 「はい…えっと、その…。」


 ペリップと呼ばれるヒョロガリ男は、青年からの質問に一瞬目を泳がせたが、モゾモゾしながらもゆっくりとその言葉を口にする。


 「種別は、です。」


 「そうか…。報告ありがとう。君は直ぐにモニタリング室に戻り、現状を逐一報告してくれ。」


 ペリップからの報告に、青年は肩を落としながら椅子に深く腰掛ける。

 そして報告の終わったペリップを持ち場に戻そうと、指示を飛ばした時、何やらまだ他に言いたいことがあるような態度のペリップに対し、青年は何かと問いただした。


 「どうしたんだ?まだ何か報告が…?」


 「あの…その…。実は同様の報告が、新宿区、港区などからも上がっており、いずれも黒色の生き物が確認されたそうです。恐らく形状から…種別は渋谷同様、エンシェントだと思われます。」


 「なんだと…!?」


 ペリップからの追加の報告に、今まで冷静を装っていた青年は思わず立ち上がり動揺を隠せなくなってしまった。

 冷や汗を流しながら目を泳がせる青年だったが、そんな青年に喝を入れるように、今までずっと黙っていた軍服姿の男が口を開く。

 

 「落ち着けワタル。お前が動揺していては、下の者にもその不安が伝播でんぱする。今は落ち着け。」


 「…そうだね。すまないシルバー。ペリップ、重ねて報告ありがとう。持ち場に戻ってくれ。」


 「はっはい!」


 シルバーと呼ばれる軍服男にさとされ、ワタルと呼ばれる青年は落ち着きを取り戻し、どうすれば良いのかと迷って立ち尽くしているペリップを下がらせた。

 そして部屋に2人だけとなった時、ワタルと呼ばれる青年は崩れるように椅子に腰掛けると、何も無い天井を仰ぐ。


 「とうとうこの日が来たんだねシルバー。…。」


 「そうだな…。俺もそう思う。だが今起きていることは事実だ。まずは現実を受け止めよう。」


 「ふふっ。君は昔から変わらないね。たまには変化してみたらどうだい?」


 「御免被ごめんこうむる。これが今の俺だ。変わる必要など無い。」


 「残念…。でも、そうだね。まずは受け入れようか。我々の命運が掛かっているんだから…。」


 暫く2人で会話をした後、ワタルと呼ばれる青年は椅子から立ち上がると、部屋に設けられた大きな窓に近づく。

 そしてそこから見える景色を見ながら、ボソリとある言葉を口にした。


 「特異点スタンピード…。」

 

○◆○◆○◆○◆○◆○◆○◆○◆○◆○◆○◆○


 同時刻。

 新宿御苑しんじゅくぎょえん近郊のとある路地裏。

 陽の光が余り入らず、普段は人通りも少ないこの場所だが、こういった非常時、ましてや未知の化け物が現れたとなれば、身を潜めるにはうってつけの場所だ。

 何故なら現れた漆黒の暴君_ティラノサウルスは、こんな細く狭い場所には入っては来れない。

 それに入り組んだこの場所なら、隠れていれば見つかることすらない。

 だからこそ、ここには多くの避難者が身を寄せ合い、警察や自衛隊などの救助を待っていた。

 ここにいれば助かると、そんな希望を胸に抱いて…。

 

 だがそんな淡い希望は、には関係なかった…。


 「やっ止めろ…。止めてくれ…。頼む…助けてくれ…。俺には、かっ家族がいるんだ…。帰りを待ってる…家族が…。」


 スーツ姿のサラリーマンが、地面に尻もちを付きながら、怯えた表情で後退りをしている。

 目に涙を浮かべヨダレを垂らし、大の大人が無様な姿をさらしてしまっていた。

 しかし…それも仕方のないことだ。

 なんせ…彼の目の前には…。


 グラララッ


 薄暗くて全体までは見えない。

 しかし暗くとも分かる、ギラリと光る鋭い鉤爪かぎづめ

 ヤツはそれを見せびらかすようにゆらゆらと揺らす。

 人間の平均男性よりも一回り大きいソイツは、後退りするサラリーマンをゆっくり…ゆっくりと追いかける。

 まるで逃げているサラリーマンを追いかけることを楽しんでいるようだ。

 

 「やだ…死にたくない…。死にたく…ッ!………あ。」


 ザシュッ!


 サラリーマンは振り返り、走って逃げようとした。

 しかし…そんなものは無意味だと言わんばかりに、後ろに居たもう1体のヤツに鋭い鉤爪で首を裂かれた。

 サラリーマンの口から声が漏れると同時に、首元から鮮血が吹き出す。

 そうしてサラリーマンはその場に倒れ、2度と起きることはなかった。


 暗闇にうごめくヤツらは、サラリーマンが事切れたことを見届けると、まるで嘲笑あざわらうかのように互いにカカカカッ!と鳴き声を共鳴させ合う。

 するとそれに呼応するように、別の路地裏から同じ様な鳴き声が聞こえ、他の場所からも反響しどんどんその数を増していった。

 一通り鳴き終わったヤツらは、次なる獲物を求めて、その場を後にする。

 後に残されたのはサラリーマンを含めた、無惨に切り刻まれた数十人の遺体だけだった…。

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