天空の支配者

 同時刻。

 港区_東京タワー付近のとあるビルの屋上。

 ここにはからの襲撃から難を逃れ、救助隊の助けを待つ多くの避難者たちが居た。

 老若男女合わせて20人程だろうか?

 そして、身を寄せ合うようにして抱き合っているこの女子高生2人も、そんな避難者たちの1人だった。


 「ねえ…私達、助かるんだよね?お家に…帰れるんだよね?」


 「大丈夫だよ。ここに居ればあんなデカい奴上がっては来れないし、それに屋上に大きくSOSの文字も書いたから、救助隊の人たちにも見つけてもらいやすい。これで助からない訳が無いよ。」


 お下げ髪でメガネを掛けた少女が、短髪でスポーティーな少女に抱きつきながら、涙を流し身体を震わせている。

 そんな少女を、短髪少女が優しく頭を撫でながら自分たちは助かるよと、希望を与え続けた。

 

 「そうだぞ!私達は助かる!だから希望を捨てるな!」


 突然聞こえた男の太い声。

 その声に反応するように、声の方へ振り向く女子高生2人。

 彼女たちの視線の先には、タンクトップ姿の如何にも体育界系なマッチョ男が立っていた。

 男の姿を見た彼女たちは表情を明るくさせ、まるですがるような感じで男に近づく。


 「「先生…!!」」


 「心配するなお前たち!私が居れば、死ぬことはない!絶対に助かる!私に任せなさい!」


 「「はい…!」」


 すがる彼女たちを自分の身体に引き寄せ、両手で彼女たちの肩をガッシリ掴みいびつな笑みを浮べるタンクトップの男。

 そんな男の表情に気が付かず、彼女たちはなまめかしい表情で男の身体に抱きついていた。


 「でも先生、本当に大丈夫なんでしょうか?私…その…不安で…。ここから抜け出す方法は…あるのかなって…。」


 お下げ髪の少女が男にすり寄りながら、不安そうな表情でタンクトップの男に吐露する。


 少女の不安も無理はない――


 何故ならさっきまで、普通の日常を過ごしていたはずなのに、突如現れた謎の奴らに多くの人が犠牲になるさまを、まざまざと見せつけられてしまったのだから。

 少女たちにとって頼りになる人物は、このタンクトップ姿の男しかいない。

 だからここから生きて帰れる方法を聞いたのだ。

 この男なら絶対に助けてくれると…そう信じているから…。


 「大丈夫だ。何も心配はいらない。私が付いている。君たちには私がいる。私に任せなさい。」


 だがこのタンクトップ姿の男から出た言葉は、字面だけの薄い言葉だけ…。

 明確に何かの策があるわけでは無いのだ。


 何とも無責任な男だろうか――


 こんな薄っぺらな男の言葉では、このお下げ髪の少女も納得しないだろう…。そう思っていたが…。


 「はぅ…ッ!…はい…。」


 何と少女は男に臀部でんぶを触られた途端、納得したような表情になったではないか…。

 人間とは…本当に不思議な生き物だ…。


 「おい!何だあれ…!?」


 突然響く1人の避難者からの叫び声。

 艶かしく抱き合っていたタンクトップの男は、何だ?と怪訝けげんそうな表情で、避難者が指差す方向を見た。

 

 「何だ…?あれは…?」


 光り輝く太陽の中、微かに見える黒い影。

 それは次第に大きくなり、ゆっくりこちらに近づいてくるように見える。

 しかし近づいてくるそれは、かなりの大きさだ。

 細く見える横一線の黒いラインのような物…。これは翼か…?

 もしや地上に現れた怪物たちの仲間か?と、男は警戒心むき出しの表情で右足を一歩下げる。


 「先生…!あれって飛行機じゃないですか…!!もしかして私達を助けに来てくれたんじゃ…!!」


 しかしそんな男とは裏腹に、男に引っ付いていたお下げ髪の少女がキラキラとした表情で男にそんなことを言った。

 そしてそれが周りの避難者たちにも伝播でんぱし、多くの避難者たちから歓喜の声が響く。

 中には安堵あんどのあまり、飛んでくる飛行機に気づいてもらおうと、両手を広げて合図を送る者も現れた。


 「先生!先生のお言葉は本当でした!本当に心配がいらなかったですね!私…先生に一生付いて行きます!」


 「私もです先生!やっぱり先生が居ないと、私はダメみたいです!」


 希望に満ち溢れた目で、タンクトップの男にり寄る少女たち。

 そんな彼女たちの期待の目に当てられ、男は深くにも浮足うきあし立ってしまった。 


 「そ…そうだぞ!私に付いて来れば、君たちは助かるんだ!しっかり付いてきなさい!ほら、私達も他の人たちを習って両手を広げるんだ!数が多ければ、気づいてもらいやすくなるかもしれん!」


 「「はい!先生!」」


 だから男は、こちらに近づいてくる飛行物体の異様さに、気が付くことが出来なかったのだ。


 かなりの大きさがあるはずの飛行物体から、全くと言っていい程、音が聞こえてこないことに――


 ヒュンッ!


 「……ん?」


 男の耳に微かに聞こえた風切かざきり音。

 何が起こったか分からず、男の口から間の抜けた声が漏れる。

 

 「おい。何か今聞こえなかったか?」


 男は確認を取るように、両隣に居た少女たちに声を掛けた。


 だが不思議なことに、男の隣には誰も居ない――


 先程まであれだけ自分に擦り寄っていたはずの少女たちが、音もなく消えたのだ…。


 「あ…?おい、何処行ったんだ?」


 男は状況が理解できず辺りを見回すが、彼女たちの声や姿が一向に見つけられない。

 まさか逃げたのか…?と、彼女たちへの疑いの感情が芽生えた時、ドシャッ!と後ろから水分を含んだような嫌な音が響いた。

 何だ?と男は恐る恐る後ろを振り返る。

 

 「は…?」


 タンクトップ姿の男は、その光景を見た途端自分の目を疑った。

 いや、目を逸らしたかったの方が正しいか…。

 なにせ男が見たのは、先程まで自分に擦り寄っていた少女たちの、変わり果てた姿だったのだから…。

 男は力を失ったように、その場に崩れた。

 

 屋上に伝播する静寂。


 しかしそれは数秒と持たなかった…。


 「キャァァァーーーーーーッ!!」


 「おい何だよ!?何が起きたんだよッ!?」


 安堵し歓喜していた人々の感情が、不安や恐怖に変わるのにそう時間は掛からなかった。

 変わり果てた少女たちの姿が、避難者たちの恐怖心を煽り、次々と伝播していく。

 もうビルの屋上は大パニックだった。

 ビルの中に逃げ込もうとする人で入口は渋滞し、弾き出された人が何人か屋上から足を踏み外し落ちていく。

 皆生きることに必死だったのだから仕方がない。


 だがその行為は、奴らの狩猟本能しゅりょうほんのうをただ刺激しただけに過ぎなかった――


 ギギャァーーー!!


 突如薄暗くなる屋上。

 そして太い翼を叩く音と共に、女性の叫び声にも似た鳴き声が屋上に響き渡る。

 タンクトップ姿の男は、その声の主をしっかりと目に焼き付け、そして絶望した。

 男の目の前に居たのは…


 「何だよ…。何なんだよ…!こんなの…アリかよッ!!」


 漆黒の翼はためかす…天空の支配者の姿だった――



 

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