終わりの始まり

 「あなた達…公共の場で何を騒いでるの?」


 そして突然聞こえる、俺のよく知る呆れ声。

 俺は大牙と取っ組み合いになりながら、声のする方をふり返る。

 

 「あ…椿…。」


 何とも気の抜けた声。

 我ながら恥ずかしい…。

 それは椿自身も思ったのだろう。

 純白のワンピースに身を包んだ黒髪少女は、呆れた表情でため息を吐いていた。


 「おお!!椿じゃないか!!おはよう!!何だその服、綺麗だな!!お前の黒髪によく似合う!!」


 「おはよう大牙。それとありがと。」


 椿に気が付いた大牙は、俺を突き飛ばし、椿が着ている服について褒め始めた。

 それに対して椿は、にこやかにお礼を言う。

 そして俺は突き飛ばされた拍子に、近くの茂みへと突っ込んだ。


 解せぬ…。

 

 「それで…そこで茂みとたわむれているお馬鹿さんからは‥何も反応はないのかしら?」


 何か急にしおらしくなった椿は、自分の今の姿を茂みに突っ込んでいる俺に見せつけながらそんな事を言い始める。

 流石に馬鹿にし過ぎだとカチンと来た俺は、ガバっと茂みの中から抜け出すと椿の目の前まで近づき、


 「誰も茂みと仲良くなんかしてねーよ!?いや感想も何も、いつもと変わんねーだろ。椿は椿だ。」


 投げやりにそんな言葉を吐き捨てた俺は、さっさと椿の側から離れドカッと先程のベンチに再び座った。

 どうせ綺麗だの似合ってるなどの言葉が欲しかったのだろうがそうはいかない。

 いつも俺のことを小馬鹿にしている椿に何故そんな事を俺が言わんといかんのだと、我ながらガキっぽい思考で椿にやり返そうと思った。

 さぞかし椿はお怒りになっていることだろうと、俺は期待の眼差しで椿を見る。

 が…

 

 「そう…ありがと…。」


 俺の言葉に、何故か椿は顔を隠すように前髪をいじっていた。


 なんか思ってた反応と違う…。 


 そんな俺たちのやり取りを見ていた大牙が、おもむろに俺に近づくと、肩を組み椿に聞こえないボリュームで俺に話しかけてきた。


 「全く…序盤から何をやっとるんだ龍…。これでは計画が台無しになってしまうぞ。」


 「しゃーねーだろッ。アイツが突っかかってきたんだからよ。」


 「目的を見失うな龍。これはお前が始めたこと。決着はしっかりとつけろ。」


 「わーってるよ…。」


 今日の計画。

 それは先日椿にしてしまったことを謝ること。

 その為に大牙が椿と連絡を取り、時間の調整までしてくれたのだ。

 大牙の努力を無駄にしないためにも、俺はやり遂げなければならない。

 それに先日あれだけ大牙の目の前で宣言したのだ。

 幸いなことに今日は1日時間があるので、謝るタイミングなどいくらでもある。

 男が…ヒーローが1度決めたのなら…誇りもプライドも捨ててやらなければ…。


 「それで2人とも…今日は何処へ連れてってくれるのかな?」


 2人して振り向けば、後ろに手を組みながら、期待の眼差しを向ける純白の黒髪少女が立っている。

 俺たちはそれに答えるように、ニカッと笑い…


 「何処へでも連れてってやるよ!」


 「何処へでも連れて行こう!」


 そう言いながら椿の下へと歩み寄った。

 俺はこの時、何だか昔に戻ったみたいで楽しかったのだ。

 あの頃に戻ったようで、本当に…楽しかったのだ。

 だからあの紫髪の女性のことを…夢のことを…すっかり忘れてしまったいた。


 ヤツが来るまでは…。


 ドンッ!!


 俺たちが渋谷の街に躍り出ようとしたその時、腹の底まで響く爆発音が街全体に響き渡った。


 「……ッ!?何だ今の音ッ!?」


 「分からないわ。でも多分…方角はあの商業施設だと思うけど…。」


 俺たちは思わず足を止め、椿が指摘した方向を見る。

 するとその方角にあるビルの奥から、何やら黒い煙のようなものがモクモクと立ち上がっていた。


 「何だッ!!爆発でもあったのかッ!?」


 「かもな…。しかもかなりデカそうだ…。こっちにも飛び火するかもしれない。早いとこここから離れよう。」


 「そうね…。」


 俺たちは直ぐに状況を判断し、その場から離れようとした。


 「助けてッ!!」


 「逃げろッ!!皆逃げるんだッ!!!」


 すると爆発があった方向から、沢山の人たちが我先にと逃げ出してくる。

 しかも周りの人にも逃げろと、警告を発しながら…。

 状況がつかめない俺たちや駅周辺に居た人たちは、何が起こっているんだ?とその場に留まってしまった。

 

 「龍…。何か変だ。これは…ただの爆発じゃない気がする。」


 いつもは呑気のんきにしている大牙が、警戒心むき出しの表情で俺にそう言っていくる。

 俺もそう思った。

 何故なら…心の奥底にある何かが、警鐘を鳴らしていたから…。


 「椿、大牙、急いでここを離れるぞ!嫌な予感がする。」


 俺はそう言うと椿の手を握り、椿は何が何やら分からず戸惑いの表情を浮べ、大牙は分かったと俺の意見に賛同し、一緒に爆発現場とは反対方向へと走り出そうとした。


 しかし…


 ズンッ!!


 「……ッ!?」


 突如響く、重たい地響き。

 また何かが爆発でもしたのか?


 (いや、違う。これは…。)


 俺は恐怖で足が止まり、そっと後ろをふり返る。


 ズンッ!!


 再び聞こえる重たい地響き。

 また1つ…また1つと、その地響きはどんどん大きくなり、俺達の方へ近づいてくる。

 まるで大きな何かの足音のような…。

 

 ズンッ!!!


 そして…ヤツがその姿を現した。


 ゴアァァァーーーーーッ!!!


 東京全体を響かせるような、恐るべき雄叫び。

 俺達はその雄叫びの恐ろしさに身体が固まり、その場から動けなくなってしまった。

 しくもそのお陰か、ヤツの姿をハッキリと捉えることができた。


 体高約8メートル。全長は約17メートル。

 重たいトカゲのような頭部を持ち、屈強な2本の後ろ脚、それに対象的な矮小わいしょうな2本の前脚、そして全身を覆う薄い羽毛のようなもの。

 しかしその全身は黒く染まり、目は白く生気を感じない。

 俺はその姿を、昔図鑑や博物館で見たことがあった。

 遥か昔、この地球を支配していたかつての住人。

 その頂点に君臨し、“絶対王者”、“暴君”などと呼ばれていた恐るべき存在。


 「ティラノ…サウルス…。」


 俺は掠れた声で暴君の名を呟く。

 恐怖に支配された俺に出来ることは…それだけだった。

 

 ……コホオォォーーーッ!


 漆黒の暴君は頭を下に向けると、あごを少し開け、周りに存在する空気を突然吸い込み始める。

 何をしている?何が起こっている?俺の頭の中では疑問や疑念が渦巻き、そのせいで暴君の行動に気が付くのに遅れてしまった。

 ヒーローモノのドラマや映画、怪獣映画などで怪人や怪獣が周りのエネルギーを口元に集め、次に行う行動など決まっている。


 「……ッ!?マズい!!」


 俺はそれに気が付き、恐怖で固まる身体を無理やり動かし、椿と大牙の腕を掴み何とか2人をこの場から離れさせようとした。

 しかし…時は既に…遅かった…。


 漆黒の暴君は空気を吸い込みながら頭を持ち上げると、その口元にドス黒いエネルギー体を生み出し、俺達の方を睨む。

 そして…。


 ボアァァァァァァーーーーッ!!!!


 「伏せろーーーッ!!!」


 俺の怒号と、暴君の口から漆黒のエネルギー体が解き放たれたのは…ほぼ同時だった。

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