不可思議な邂逅

 プシューッ!


 空気が抜ける音と共に、目の前の電車の扉が開く。

 俺は電車から降りると、そのまま目的の場所まで人の波に乗りながら、ズンズンと駅構内を進んでいった。

 改札を抜けるとそのまま大型の商業施設に繋がっており、キラキラとした売り場を真っ直ぐ抜け、夏の日差しが暑い太陽の下へと出る。


 車の排気音や爆音で流している広告CMの音、そして周りを埋め尽くすほど道を行き交う人たちのにぎわいが煩いほど響き、俺の高揚感こうようかんも自然と上がる。

 俺は人並みをかき分け、待ち合わせ場所まで急いだ。


 「ここで待ち合わせるの…随分久しぶりな気がするな。」


 俺は目印となるその物を見つけた途端、何だか懐かしい気持ちになり、少し頬を緩ませる。

 この場所でずっと、帰ってくることのない飼い主を待ち続け、それを見ていた人々が沢山の支援をし、彼が亡くなった後も敬意を込めて作られた逸話のある銅像。


 『ハチ公像』

 

 その由緒ある銅像が立つこの場所は、東京都渋谷区。

 俺たちの昔からの遊び場だ。


 俺は銅像近くのベンチに腰掛けると、ポケットからスマホを取り出し時間を確認する。


 ―――現在時刻は8時30分。


 大牙たちとの待ち合わせは9時なので、少し早めについてしまったようだ。


 (まあ遅刻するよりマシだよな…。暇なのはしゃーないし、この前耕太に教えてもらった暇つぶしアプリでもやってみるか…。)


 俺はスマホを操作しながらそんな事を考え、ゲームを起動すると黙々とやり始める。

 これが中々面白く、俺は夢中でスマホとにらめっこし始め、すっかり時間すら忘れてしまっていた。

 だから、隣に座った女性の存在に気が付くのに遅れてしまったのだ。

 

 「それ、面白いのかい?少年。」


 「うえ…!?え…?誰…!?」


 驚きのあまりスマホを落としてしまいそうになるが、何とか持ちこたえ声のする方へと振り返る。

 気がつけば、知らない人が俺の隣に座っていた。

 紫色のキャップを深く被り、サングラスを掛けていたが、雰囲気と声的に多分女性だと思う。

 まあ耕太という前例がいるせいで一概には言えないが……。

 俺が驚き声を出したと同時に、女性も驚いたのか軽く目を見開く。

 そして申し訳無さそうな声で俺に謝罪をしてきた。


 「すまない。驚かすつもりはなかった。ただ、最近そのゲームをやる後輩が多かったものでな、少し気になってしまったのだ。」


 「そ、そうなんすね…。俺も友達に勧められてさっき始めたばかりっすけど、意外と面白いっすよ。」


 「そうなのか…。なら私も、今度やってみよう。」


 そう言いつつ、表情が全く変わらない女性。

 新手の美人局つつもたせとかじゃないよな?と、俺は警戒心むき出しの表情で突然話しかけてきた女性を見るが、相手はそんなこと気にもしていない顔だ。

 しかし…


 (何か…どっかで見たことある顔なような…?)


 大きめのサングラスを付け顔全体が分からないし、勿論この女性とは初めましてのはずだが、何かが頭の奥で引っかかる。

 何だが遠い昔に、何処かであったような、そんな感じ。


 「突然話しかけてすまなかった。それじゃ、私はもう行くよ。」


 「あ、あぁはい…。」


 俺との会話に飽きたのか、その女性はまた唐突に立ち上がると、スタスタと駅の方に歩き出した。

 俺は何が何やら分からず、変な返答をしてしまったが、そのことにもその女性は何も気にしていない。

 そして、その女性が人混みの中へと姿を消そうとしたその直前――


 「ああ…そうだ…。」


 「……?」


 女性はその歩みを止め、俺の方を振り返ると、無表情で言った。


 「少年。」


 「……え?」


 その言葉を最後に、女性は人混みの中へと消えていった。


 「おい!ちょっと…ッ!」


 気づいた時俺はベンチから立ち上がり、女性の姿が見えなくなった所まで駆け出していたが、何処を見渡しても女性の姿は無かった。


 (何だったんだ…あの人…。それに鐘の音って…?何でだ…?)


 俺の頭の中で多くの疑問が渦巻く。

 突然現れた謎の女性。

 そしてその女性から語られた…鐘の音。

 俺の脳裏に過ったのは、あの不思議な夢。

 あの夢の中に出てきた、教会の鐘のような音だ。

 単なる偶然の可能性もある。しかし…今の俺には…。


 ドドドドドッ!!


 「おーーーい!!龍!!待たせたなーーーッ!!」


 「ヘボハッ!?」


 そんな俺の思考は、突然大声を出しながら現れたひき逃げ犯によって、空中に投げ出されるという形で打ち止められた。



 「いやーースマンな龍!!夏休みということで、ついテンションが上がってしまった!!」


 頭を掻き、全く悪びれる様子もなく満面の笑みを浮べる長身の男_神宮大牙じんぐうたいが

 俺は打ち付けた腰を擦り、大牙に文句を言いながら立ち上がる。


 「お前それゼッテー悪いと思ってねーだろッ!!真面目に詫びやがれッ!!何で毎回毎回会うたびにタックルしてくるんだよッ?!俺はアメフトのタックルダミーじゃねーぞ!?」


 「ぶつかる理由?そうだな……。」


 俺の文句&質問に、大牙は腕を組み考える素振りを見せ―――


 「…何でだろうな?」


 「しばくぞテメーッ!!?」


 明確な答えなど出るはずもなく、俺は大牙とハチ公前で、ワチャワチャと取っ組み合いになってしまった…。


 「あなた達…公共の場で何を騒いでるの?」

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