空前絶後の剣バカ

 「おおスマンなッ!!修練が終わって帰ろうとしたらお前の姿が見えたからつい嬉しくてなッ!!」


 「嬉しいからって人轢ひとひくな!!ダンプにねられたかと思ったわッ!!」


 少し伸びた黒髪を後ろで結び、何処かの若武者のような意で立ちの190以上はありそうな長身のこの男の名は神宮大牙じんぐうたいが


 椿と同じ、小学生の頃からの俺の幼馴染みで、昔からとにかく声がデカい。

 高校に入ってからは特にうるさく、最近も椿によく注意されているが、本人曰く昔からの修練で声を出していたから、身体にみ付いて中々直らないらしい。

 

 しかしうるさい。


 とにかく煩い。


 もうなんか身体に溜まった元気が逃場無くして、その全部が声として吐き出されたようなそんな煩さだ。

 俺は耳を塞ぎながら、俺を弾き飛ばした大牙に向い叱責しっせきする。

 しかし当の本人は満面の笑みで笑っていた。


 ―もうなんか疲れた…。


 俺は肩を落とし、はぁーっと軽くため息をつくと、大牙の肩にかかった物に目が行った。

 それは大牙身長と大差ないほどの長さがある、黒色の竹刀袋だった。


 「修練ってことは、部活行ってたのか…。どうよ。念願の剣道部は?」


 「む?剣道部か?そうだな…。最高だッ!!」


 俺は頬を緩ませながらそう大牙に訪ね、それに対し大牙は、満面の笑みでそう答えた。

 

 大牙は昔から…まあ家柄上、剣の稽古をつけられていた。

 何でも由緒ゆいしょ正しい武士の家系だと、小学生の頃嬉しそうに話していたのを覚えている。


 しかし、修練は実家でのみ。


 外にいる家族以外の剣士たちと手合わせしたことのない大牙は、多少の退屈としたものがあった。

 だから学校では部活で剣道部に入り、その退屈を払拭しようとしたのだが、中学では残念なことに剣道部が無く辛い思いをしていた。

 しかしこの高校に入った時、剣道部があると聞いて、大牙はものすごく喜び速攻で入部届を出しに行ったことが、もう昔に思える。


 だからこそ俺は嬉しい。

 大牙のこんな生き生きとした表情が、見れたのだから…。


 しかし問題は、がいるかどうかだ。


 この剣バカは加減を知らない。

 1度遊びで大牙と剣を交えたことがあるが、コイツは素人の俺にも容赦なく、ボコボコの完封勝利をしてきやがった野郎だ。

 だがまあ、この学校は完全実力主義の学校。

 そうそう新入りの大牙に打ち負かされるほど、やわな人材は居ない筈だ。 

 コイツも先輩たちに揉まれて、手加減ってものを…。


 「そう言えばこの前、主将と戦ったんだッ!!」


 「おッ!マジか!確か今の主将って、全国大会で上位の成績を叩き出した有名人だよな!雑誌にも載ってた!スゲーじゃん!」


 「おう!強者と戦いたくて、すごく頼み込んだ!」


 「で?結果はどうだったんだよ?まあ流石のお前も歴戦の先輩には…。」


 「うむ!30秒は持ったぞ!」


 「……。へー…。スゲーじゃん。全国レベル相手に30秒も持たせたのか~。流石は…。」


 「いや、主将が30秒持ってくれたんだ!いつもは一瞬で終わってしまっていたが、流石は全国レベルッ!!やはり世界は広いな!!でも何かその後にな、主将に言われたんだ。今日からお前が主将だって…。何故なんだ?」


 そう言いキョトンとした顔をする大牙に、俺は唖然とし、そして心の中で…


 すみません…。

 

 本当にうちの剣バカがすみません…。


 俺は両手を合掌させ空に向かい、会ったことのない剣道部の元主将に全力で謝罪した。


○◆○◆○◆○◆○◆○◆○◆○◆○◆○◆○◆○


 「む!そうだ!忘れるところだった!」


 校門近くまで来た時、唐突に大牙が何かを思い出したように立ち止まった。


 「どうしたんだ?何か忘れ物か?……へ?」


 俺は立ち止まった大牙の方を振り向き、そこで顔を強張らせた。

 何と大牙は肩に担いだ竹刀袋を手に持ち、こちらに振りかぶってくるではないか!

 俺は疑問と困惑で慌てふためいたが…。


 「おい!ちょっと待て!いきなり何を…ッ!へぶっ!?」


 それと同時に振り上げた竹刀が俺の顎下に直撃。

 俺は三度宙を舞い、そのまま地面に転がった。


 「どうしたもこうしたも龍!何でも椿を泣かせたそうじゃないか!女を泣かせるなど言語道断!男として恥づべき行為だ!」


 「いや…そもそも泣かせてねーし…。俺だってそんなつもりは…。」


 眉間にシワを寄せながら俺に説教する大牙。

 俺はイタタっとあごを擦りながら大牙に弁明した。

 そもそもあの後気絶していた俺は、椿が泣いていたことすら知らない。


 ―と言うか本当に泣いていたのか?


 耕太も何も言っていなかったし、教室に戻った時も椿はいつも通りだった。

 誰かが話したことが、尾ひれや背びれがついて誇張こちょうされてしまっただけなのでは?と考える。

 大牙はいい意味でも悪い意味でも素直だ。

 だから誰かの噂話を全て真に受けることはよくある。

 今回も同じだろう。

 しかし、本当に椿が泣いていたのなら―


 「それで龍…。謝ったのか?椿に。」


 「いや…まだだ。だけどそもそも…ッ!」


 「ヒーローとは常に真っ直ぐにッ!!過ちを犯したのなら隠さず謝るべしッ!!龍が昔から言っていたことだッ!!」


 「‥‥ッ!!」


 大牙から放たれた真っ直ぐな言葉。

 それは俺の心を打つには十分すぎた。


 一体いつから、忘れてしまっていたのか――


 そうじゃないか…。


 例え椿を泣かせていなかっとしても、俺がしたことは男として恥ずべき事。

 それを謝りもせず、そのままにしておくなど、俺のヒーロー流儀に反する!

 なら…やるべき事は1つッ!!


 「大牙…俺はやるぞ。構ろッ!!」


 「……ッ!!うむ!それでこそ俺の知る龍だッ!!任せろッ!!」


 俺と大牙は息のあった動きで、小学生の頃、当時の仲間たちと考えた口上とポーズを決める。


 「灼熱しゃくねつの拳ッ!!劫火ごうかの心ッ!!揺らがぬ信念が、我が灼熱の頂きへと導かんッ!!悪を滅し、弱気を助けるッ!!それが我がヒーロー道ッ!!灼熱ヒーローッ!ヒーローダイナッ!!」


 「イエェェェーーーーイッ!!我が名は大牙ッ!!剣を愛しッ!!剣に愛された男ッ!!我が刃は風を呼びッ!!我が剣技は雨を呼ぶッ!!互いの力を合わせれば、世の悪倒す嵐とならんッ!!風刃ふうじんヒーローッ!!ヒーロータイガッ!!」


 「我らがこの世にいる限りッ!!」


 「悪は決して栄えないッ!!」


 「「セカンドヒーローズッ!!ここに見参ッ!!」」


 ボカーーンッ!!と、決めポーズを決めた瞬間に、俺たちの背後でヒーローカラーの煙が出てくるのがセオリーであろうが、現実でそんなこと起きない。

 代わりに…


 「誰だ!!校門前で騒いどるのは!!」


 「やべっ!生活指導の小川だっ!?逃げるぞ大牙!!」


 この学校で1番捕まってはいけない教師に見つかり、俺たちは学校前の下り坂を全力疾走で駆け下りる。

 捕まれば暫くは生徒指導室に缶詰にされることは間違いない。

 だけど俺たちはそんな恐怖より、久々の口上に心振るわせていたのかもしれない。


 「それで龍よッ!どうやって椿に謝るつもりだッ?」


 「プランはねーぇッ!!なるようになれだッ!!」


 「ハハハッ!!そんなことだろうと思ったぞッ!!なら、俺の案に乗らんか?」


 「ん?何かいい方法があるのか?」


 「ああッ!あるッ!!だから龍、今度の土曜日時間を空けておけッ!!いいなッ!!」


 「……ッ!!お前が言うんだッ!!信じるに決まってるッ!!任せたぜ!!時間は作っておくッ!!」


 「待たんか貴様らッ!!」


 2人仲良く坂を下り、作戦を決める俺たち。

 後方からは鬼の形相ぎょうそうの先こう。


 本当に楽しかった。


 この夏が、俺たちの物語のスタートラインだと、俺はこの時まで疑わなかった。


 そう…疑わなかったのだ…。

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