遅刻した時のお約束

 東京都八王子市。


 東京都の学園都市と呼ばれるこの街は、その名の通り市の約8割を学校が占めるほど学問に特化した街だ。

 市民の殆どが学生であり、建ち並ぶアパートやマンションは学校の寮であることが多い。


 そんな学園都市の一角。


 小高い山の上にそびえ立つ、誰もが目を引く時計塔。

 まるでノートルダムの鐘のような、特徴的な時計塔を持つここ、東京都立雄偉高等学校とうきょうとりつゆういこうとうがっこうもその1つだ。


 創立10年とまだ新しい学校ではあるが、ある制度を導入したことで一躍有名となり、今では優秀な生徒を排出する日本でもトップクラスの進学校にまで上り詰めている。


 そして…そんな進学校の校門近くを、俺は走っていた。


 ―――時刻は8時55分。


 朝のHRの時間まで残り5分。

 何とか間に合いそうな感じだ。

 しかし最終のバスを逃した時点で、俺の遅刻は確定だった。

 だがそこに、思わぬ救世主が現れてくれたのだ。


 バスを逃してしまった後、遅刻が完全に確定してしまった俺。

 もう無理だと諦めていた所…。


 『お兄さん…もしかして遅刻しそうなのかい?だったらうちの旦那がタクシーの運転手していてね。この近くを回ってるはずだから呼んであげるよ。』


 何とひったくりから救った老婆から、思わぬ提案があり、俺はすがるような思いでそれを承諾しょうだく

 

 だけど…直ぐに後悔した…。 


 老婆が電話をしたものの数分で、何かタクシーとは思えない爆音を鳴らした車両が目の前で急停車。

 中からサングラスを掛けた強面こわもてのおっちゃんが顔を出した時には、俺の人生終わった?と思ったが、「乗りな兄ちゃん…」と指でクイッと来いのジェスチャーをされ、俺はそれに従ってタクシー?に乗車。

 そしてシートベルトを掛けた途端…


 『舌…噛むなよ?』


 突然急発進するタクシー。

 俺の身体は後部座席に貼り付け状態になり、マジで生きた心地がしなかった。

 カーブもスピードを落とさず曲がるし、曲がった時に何か車輪部分から変なアァァァアアーー!!!って音聞こえるし…途中サイレンの音みたいなの聞こえた気がしたけど、気の所為せいだったことにしよう…。


 なにはともあれ無事?に学校の校門まで辿り着くことの出来た俺は、そこから再び全力ダッシュをしていた。

 何か朝食べたサンドイッチが口から出そうになるが、そこはえ、足早に校舎がある場所まで突っ走る。

 しかしここで問題なのが、この学校…どちゃくそ広いのだ。

 何でも東京ドーム1個半ほどの広さがあるらしく、敷地内には校舎以外に、音楽棟、科学研究棟、各運動部専用のグラウンドなど、様々な施設がこれでもかと敷き詰められており、それに比例し敷地面積も大きくなってしまったらしい。


 ―――てか校門から校舎まで約200メートルって…遠すぎだろ!!


 初夏とはいえ気温は30℃超え。

 炎天下の中この距離を走り切るのはかなりキツい。

 しかし走りきらなければ遅刻してしまう。

 俺は暑さで額を流れる汗をぬぐい、目の前に迫る校舎の入口へと何とか飛び込んだ。

 

 残り2分!

 

 俺は急いで上履うわばきにえ、昇降口の目の前の階段を駆け登る。

 1年生の教室があるのは校舎の4階。

 200メートル走りきった俺の足は既に限界を迎えていたが、俺は足にムチを打ち、一段飛ばしで階段を駆け登った。

 そしてようやく、自分のクラスの看板を視界に捉える。


 残り1分!!


 よしっ!余裕で間に合うっ!

 ギリギリセーフだっ!


 そう思い俺は勢い良く扉を開け、教室の中へと飛び込んだ。


 「へ…?」


 「え…?」


 俺は遅刻回避と確信し、安堵してしまったのだろう。

 だから扉を開けた先に誰かが居たことに、俺は気づくのが遅くなってしまった。


 ドカッ!


 「うわっ!?」


 「キャッ!」


 勢い良く飛び込んだせいで、スピードを殺し切ることが出来ず、俺は目の前にいたヤツと衝突しその場に倒れてしまった。

 静まり返る教室内。

 

 「イッターー。何なんだよ急に…。ってかスマン!!大丈夫かっ!何処か怪我…と…か…。」


 俺は目を開け、今の現状を確認しようとした。

 もし衝突したヤツが頭とか打っていたら大変だと思ったから…。

 しかし俺は、倒れているヤツの顔を見た瞬間、言葉をつまらせてしまった。

 何故なら目の前に居たのは…。


 「つ…椿っ!?」


 まるで黒曜石のようなロングの黒髪に、右耳の近くに金属でできた三つ葉のクローバーのヘアピン。

 夏服でもキッチリと着こなし、スカート丈も標準から出ない真面目っぷりを見せるお手本のような女子生徒。

 そして俺が今最も苦手としている幼馴染の少女、大鷹椿おおたかつばきが顔を赤らめながら目の前に居た。

 

 「ちょっと…龍…。アンタ…どこ触ってんのよ…。」


 「…へ…?…あ――。」


 椿は声を押し殺し、静かにある事実を俺に伝えてきた。


 いや、文句を言ってきたのか…。


 俺は一瞬何?と思ったが、俺の右手が何か柔らかいものを掴んでいると分かった瞬間、俺の思考が緊急停止した。

 よく見れば、高1にしてはある方の椿のふくよかな2つの山の片方を、見事に俺の右手ががっしりと掴んでいたのだ。


 「あー…えぇーっと…椿さん?この件に関しては決してわざとでは無くてですね…?」


 「いいから早く退かしなさいよ!このバカっ!!」


 「へぶっ!?」


 俺は必死に弁明したが、恐らく手順を間違えてしまったのだろう。

 その結果、椿の怒りのこもった鉄拳が、俺の顔面にクリーンヒーットゥ!!

 椿の鉄拳の威力はかなり高く、俺は空中に投げ出され、廊下側へと飛び出して行った。

 空中を飛びながら、俺はとてつもなくどうでもいい事を考える。


 普通こういう時の女子の行動って、ビンタじゃないの…?


 俺は教室から投げ出され廊下に落ちる寸前、左頬に強い衝撃を感じそのまま意識を失った。


◆○◆○◆○◆○◆○◆


 気づいた時、俺は何も無い真っ白な場所で1人漂ただよっていた。

 上下左右本当に何もなく、自分は今、上を向いているのか下を向いているのかすら分からない。


 ―――一体ここは何処だ?


 頭の中で考えてみるが、答えなど出るはずがない。

 しかし、不思議と恐怖感は無かった。

 それどころか、逆に懐かしさすら感じる。

 初めて見る光景のはずなのに、何故だろうか?

 

 リゴーンッ!リゴーンッ!リゴーンッ!


 ―――……ッ!!


 突如真っ白な世界に鳴り響く、教会の鐘のような音。

 それはどんどんと大きくなり、まるで自分の真後ろに迫ってくるような感覚に襲われる。

 俺は反射的に後ろを振り返った。


 ―――…何だよ…これ…。


 その光景に、俺は絶句した。

 何と目の前に、巨大な扉のようなものが現れたではないか。

 真っ白な扉の周りには贅沢ぜいたくに金の細工さいくほどこされ、扉を支える2つの巨大な柱には、黄金で出来た龍のようなものが巻き付いている。

 一体これは何だ?と、俺が呆然あぜんとしていた時、扉の向こう側からドスの効いた声のようなものが突如響いた。


 『なんじに問う。汝の願いは…何だ?』


 その瞬間、俺は光に包まれ、目の前にあった扉も姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る