第一章 灼熱の暴君

プロローグ

The story of the beginning

 西暦2030年3月中旬


 少年はそっと目を見開いた。

 光にまだ慣れていない瞳が、何とか焦点を合わせようと、少年の視界をわずかにボヤケさせる。

 ようやく目が慣れ視界がクリアになった時、目の前に広がる光景に少年は言葉を詰まらせた。

 

 大きなビル群から立ち昇る黒い煙。


 活気が溢れていたであろう街並には、赤く燃えたぎる炎がいくつも見える。


 そして、現在少年はあるビルの屋上にたたずんでいるわけだが、そこからでも硝煙しょうえんの臭いがツンと鼻を刺す。


 今、この場で起きているのは現実だ。

 映画やフィクションなどではない。


 現在…日本の大都市であるここ、東京は、未曽有みぞううの災害に飲み込まれていた。


 『聞こえるかクロス。現在目標は、新宿中央公園を南に向かっている。数名の隊員が当たったが、物ともせず…だ。目標は、余程“カース”の力に取り込まれてしまっているようだ…。そこで…。』


 「俺の出番…って訳ですね?」


 突如少年の耳に着けられた通信機から、渋めの男の声が響き、現状を伝えてくる。

 それに対してクロスと呼ばれるこの赤髪の少年は、男が言おうとしたことを先取りし回答をした。

 対して通信機の向こう側からは、そうだと肯定する男の重い声が響く。


 ブフォぉぉーーーンッ!!!!


 それと同時に、高いビルの上にまで響く不気味な音が鳴った。

 反射で少年は屋上から下を見下ろす。

 

 「どうやら…現れたみたいですよ。にしても、報告は受けていましたが、ありゃ相当ヤバいですね…。」


 その姿を見た少年は、微かに身震いをし、冷や汗を流しながらニヤリと笑みを溢した。

 少年の目線の先には、体高が4メートル…いや、5メートルはゆうに超えそうなほどの巨大なゾウが…そこには居た。

 

 「目標を目視。報告通り、あれはナウマンゾウで間違いないみたいです。種別は獣霊種ビースト。」


 ナウマンゾウ。

 今から約1万5000年前、新生代しんせいだい後期更新世こうきこうしんせまで日本列島に生息していた大型哺乳類。

 現在のアジアゾウの近縁に当たるとされているゾウで、その特徴は、氷河期の寒冷な気候に対応する為に発達した体毛と、長さ約240センチを超える立派な牙を持っていること。

 至って標準的な日本のゾウだ。

 しかし、今目の前にいるナウマンゾウは、既に絶滅している生き物だ。


 一体何故この東京に現れたのか?


 そして最も気になる点はその大きさと姿だ。

 本来のナウマンゾウの体高は約2,3メートルと言われているが、目の前にいるのは5メートルは超える個体だ。

 それに全身が黒く染まり何とも不気味な姿をして、更には特徴的な牙が怪しげな紫の光をまとい、まるで宝石のように輝いている。

 

 一体…このゾウは何なのか?


 「さて行きますか。…ん?」

 

 赤髪の少年は、目標のゾウに向かいビルから飛び出そうとした。

 しかし何かに気が付き、その足を止め、着ている服の懐から何かを取り出す。

 それは縁日などに売られている、何処にでもありそうな戦隊モノの赤いお面。


 「分かってる。は忘れてない。だから安心しろ。俺はもう…誰も傷つけさせない。」


 そのお面に向い、何か誓いのようなものを呟いた少年は、お面を顔に着けると、着ている服のフードを頭に被った。

 全ての準備が整った少年は、深く深呼吸すると、改めてビルの屋上の縁に立つ。

 そして何の躊躇ためらいも無く屋上から飛び降り、その身を重力に任せた。


 どんどん加速する身体。


 耳に響く風の音。


 まるで身体が風と一体になったような、そんな感覚。

 

 (目標ヤツはまだ気付いてない。奇襲を仕掛けて、一気に叩く!!)


 自由落下しながらそんな思考を巡らす少年。

 しかしこのまま落下を続ければ、地面に叩きつけられ、無惨な死を迎えるのは避けられない。


 …一体どうするのか?


 その時、少年は何かに気が付いた。


 「は!?マジかよッ!?」


 自分が地面に叩きつけられる現実を知ったのか?

 違う…少年が見ていたのは地面ではなく、目標のゾウだ。

 

 ナウマンゾウが、こちらを見ていた。

 気付かれたのだ。

 それだけではない。あの紫の宝石のような牙に、ドス黒い何かが収束し始めてる。 

 それはどんどん大きくなり、牙の中心に、黒いエネルギー体のような物を形成した。

 そして…


 ブフォぉぉーーーッ!!!!


 ゾウの雄叫びと共に、それは放たれた。

 漆黒しっこくの破壊光線は、ゴーッと音と共に、今まさに自由落下している少年に向けて飛んできている。

 しかし自由落下している状態の少年には、これを回避する方法などない。

 

 「クソがッ!!やられっかよッ!!」


 そう吐き捨てた少年は、身体をひねりビルの側面、つまり窓ガラスに近づくと、自らの足を貼り付けビルの側面を一瞬駆ける。

 そしてそのまま足を深く曲げ、まるでロケットのごとく、ガラス窓を蹴り真っ直ぐナウマンゾウに向けて飛び出した。

 少年が飛び出した途端、ゾウから放たれた光線はビルに直撃。

 窓ガラスやビルの骨組みをかなり破壊させられたが、少年自身はその直撃を免れた。

 あの威力の光線をまともに浴びていたら、ただでは済まなかっただろう。


 「派手にやりやがってッ!!お返しだッ!!」


 そう言うと少年は拳を腰に構え、ゾウに対して攻撃態勢に入る。

 ロケットの如く飛び出した勢いそのまま、ナウマンゾウに拳をぶつける気なのか?

 しかし人間の力は、野生動物には矮小わいしょうなものでしかない。

 例え拳をぶつけたとしても、ナウマンゾウの硬い体毛に防がれ、弾かれるのが落ちだ。

 だがここで、少年に不思議なことが起こった。


 バフォッ!!


 何と少年の構えた拳から、真っ赤な炎が吹き出したではないか!!

 それを見ていたナウマンゾウは危機感を覚えたのか、もう1度牙にドス黒いエネルギー体を形成し始める。

 

 「…ッ!!いいぜ…。どっちが強いか、勝負しようじゃねーかッ!!」


 ナウマンゾウのドス黒いエネルギー体。

 少年の炎の拳。

 両者一歩も引かず、己の力を、全力で目の前の相手にぶつける。


 「さあここから、伝説を始めようぜッ!!」



 この物語は、1人目の主人公である赤髪の少年が、“暴君”と呼ばれるまでの物語だ。


 始めよう。


 伝説を……。

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