第40話 文化祭当日


「慎ッ! 四番テーブルの『ぞんびぱにっく!はちゃめちゃパンケーキ』出すぞ! 『ちみどろイチゴみるくパフェ』急げよ!」


「今できるからちょっと待ってな! というか忙しいんだから略せって……風間の口からファンシーな名詞出てくる違和感がすげぇよ」


 文化祭当日、クラスの出し物『ホラー喫茶』は何とか纏まり、内装班としての仕事も終えた俺達は——何故かスイーツを作っていた。


 絶え間ない注文。延々と続く単純作業。

 多種多様なゴーストやらモンスターのコスプレをした若者達が接客する、華やかで楽し気なホールと簡易壁一つで隔てられたこの空間は一言で言うなら“修羅場”だ。

 風間だけはずっと楽しそうだが。


「二人とも本当にありがとう。あと三十分、頼むな……『ちみどろイチゴみるくパフェ』持っていくよ」


「はいよ。客足、全然落ち着かないな」


 受け渡し口に現れたドラキュラ伯爵、のコスプレをした浪川に出来上がったパフェを手渡す。


「ハハ……嬉しい悲鳴だね。それじゃ」


 顔が青白いのは化粧のせいだと信じたいが、浪川の心労を考えると、もしかしたら自前なのではないか、と心配になる。

 当日朝、病欠者が出たと聞いたときの彼の絶望顔はそれだけ印象的だった。


 そんな彼の懇願を無下にできる訳もなく、今に至る。

 ここまで一緒に苦労を乗り越えてきたという仲間意識もあるし、彼が顔を合わせるたびに心の底からの感謝を伝えてくるから正直そこまで悪い気はしない。

 それに他の役得もある。


「注文入ります。パンケーキ、パフェ、紅茶、コーヒー全部一つずつお願いします——神崎くん、大丈夫? 顔疲れてる」


 浪川と入れ替わるように現れたのは黒江だ。彼女にもまた欠員補充要員として白羽の矢が立ったのだ。

 当然頼まれたときはやんわり断ろうとしていたが、余った衣装がジャストサイズだったことが運の尽きだった。


 衣装はゴシックファッションと言うのか、装飾は動きやすさ重視で控え目になっているが、西洋人形のような可愛らしいドレスだ。何よりも艶やかな黒髪が存外に映える。

 服の要所や顔に血糊や傷メイクがあるからコンセプトからはズレていない……と、目を爛々にして語っていた衣装班のリーダーには心の中で特大の感謝を送った。


 だが、正直忙しすぎてじっくり見ることもできないし、会話も最低限しか出来ていない。


「そっちも、表情筋死んでるぞ」


「幽霊だから……お互い無理せず、ね」


 短い言葉を交わし、黒江は完成したドリンクを手にホールへ戻っていった。こちらも次のオーダーに取り掛からなければ。

 この忙しさもまた良い経験だ。

 そう考えられるようになった自分の成長をどこか俯瞰で捉えながら、また生クリームとクッキー生地を積み重ねる作業に戻った。


「………」



 *



「「「お疲れー……」」」


 合計一時間と少し、次のシフトに切り替わったことで俺、風間、黒江の欠員補充組は労働から解放された。

 浪川が調整して元々の担当者たちよりは短い拘束時間にしてくれたので、ありがたく一足早く抜けさせてもらったのだ。

 

 かと言ってすぐに活動する気にはならず、とりあえず先生からの差し入れであるスポーツドリンク片手にバックヤードの隅で一休みしている。


「にしても盛況だなー。慎が内装こだわった甲斐があったんじゃね?」


「いや、衣装だろ。既製品を加工しただけって言ってたけど、マジでクオリティ高い」


「しかも見た目より動きやすいんだよね。でもお客さん皆褒めてくれてたよ、雰囲気良いって」


「——ならよかった」


「照れてるな」


「ね、わかりやすい」


「うざー」


 準備期間もやはりこの三人——と何故か亀井——でいることが多かったから、“やり切った感”も相まってとても落ち着く。

 この後はどうしようか、このまま皆で適当に物見遊山もいいか。

 なんてことを考えていると、風間がふと思い出したように声を上げた。


「そうだ、衣装と言えばよ。さっき浪川と話したんだけど、黒江さんさえ良ければ今日はその衣装着たまま過ごして欲しいんだと。それで歩き回るだけで宣伝になるからって」


「私は別に良いけど、呼び込み必要ないんじゃない……? もう結構な行列だよね」


「アイツ的にはここまで頑張ったし、せっかくなら優勝したいんじゃね?」


 うちの学校の文化祭は緩い行事ではあるが、一応お客さんの投票で決まる順位付けがある。一位を取っても貰えるのは名誉と達成感くらいなもので褒賞は特にないが、確かにここまでやったなら目指したい気持ちは分かる。

 黒江も同じ気持ちなのか、「それもそうだねっ」と言ってスッと立ち上がった。


「よし! じゃあ神崎慎クンはこれを持ちたまえ」


「え?」


 後に続くように腰を持ち上げると、風間から何かを渡されて反射的に受け取ってしまった。

 どこから取り出したのか、手渡されたそれはプラカードだ。目立つようにデザインされた『ホラー喫茶』の文字と教室の場所などが簡潔に書かれたそれは、宣伝班が作った余りものらしい。


「んじゃ、オレは部活の方に顔出さなきゃだから。ちゃんと二人であちこち回れヨッ!」


 風間は捨て台詞のようにそれだけ言うとそそくさと出て行ってしまった。「上手くやれよ」みたいな目配せだけは忘れずにしていくのが何とも彼らしい。

 残された黒江と目を見合わせ、お互い何とも言えない笑いを交換した。

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