第24話 犠牲者

「諏訪神宮ってここからどのぐらい?」


 隣を歩く諏訪の顔を覗き込みながら、ヤマガミは尋ねた。諏訪は山道で転ばないよう、足元を注意深く観察しつつ答えた。


「歩きで30分ぐらいです」


「ゲッ結構遠いなあ」


 自分たちで呼び出しておいたにも関わらず、ヤマガミは面倒くさそうに顔をしかめた。諏訪とヤマガミの少し後ろをイケガミとミカミ、ムラカミが歩いていた。イケガミが諏訪に尋ねた。


「諏訪さん、夢見咲耶姫さまについてもっと教えてください」


 諏訪は後ろを振り返ってイケガミを見た。そのままの姿勢で歩きながら語りだした。


「咲耶姫さまは大御山の大きな枝垂れ桜から産まれた神と言われています。桜のように美しく、無数の枝のように人や自然を包み込み愛する慈愛と優しさの神として、長年親しまれ崇められてきました。御神体はその枝垂れ桜で、御神体でもあるし御神木でもあります。樹齢は五千年を超えるそうです。枝垂れ桜は長生きですが、ここまで長いのは珍しいそうで、国の天然記念物候補にもなっています」


 諏訪は慣れた口調で淀みなく説明をした。その話しぶりは恐らく今まで沢山の市民や訪問客に同じ説明をしてきたのだろうと思わせた。そしてその言葉には咲耶姫に対する本物の信仰心と畏敬の念が込められていた。それだけに今回の件の心痛はいかばかりかとムラカミはひっそりと諏訪に同情した。ヤマガミは感心した様子で諏訪に言った。


「へえー、すごいね。でもまだ候補なんだ?」


「樹齢のほうは言い伝えなので。でも千年超えは確実だろうと専門家の方が仰っていました」


「その御神体の桜はどこにあるんですか」


 そう聞いたのはミカミだった。諏訪は大御山の方角を見て遠い目をして答えた。


「大御山の奥深い所です。行くのは半日くらいかかります。周りは塀で囲って、関係者以外は立ち入り禁止にしています」


 土でできた道はあちこちに木の根が張り出していて非常に歩きづらかった。ヤマガミは「おっとっと」と根っこを避けながら器用に会話を続けた。


「観光地にはしないんだ。ほら、屋久島の縄文杉とか有名じゃない」


「神域ですし、人に踏み荒らされて御神木が弱ってしまうといけないのであまり周知はしないようにしています。私ですら年に数回くらいしか立ち入りません」


 ミカミは患者のカルテを作成する医師のように諏訪に質問を投げかけた。


「最後に御神木を見たのはいつですか」


「1ヶ月前です。咲耶姫さまが夢に出てきた翌日、気になって見に行きました」


「何か変わった様子はありましたか」


 そう聞かれ、諏訪は何かを思い出そうとしているかのように沈黙したが、諦めた様子で首を振った。


「いえ。特に変わったところはなかったように思いました」


 ヤマガミは頬のあたりをポリポリ掻きながら言った。


「ふーん。何だろうねえ。でも1ヶ月前のことだし、また何か変わったところがあるかもよ」


「そうかもしれません。私には気付けませんでしたが、死神の皆さんなら何か分かるかもしれません」


「だといいんだけどねえ」


 ヤマガミが頭の後ろで手を組んで頼りない返事をした頃、ようやく諏訪神宮が見えてきた。だが鳥居の前に人だかりが出来ており、何やら物々しい雰囲気が漂っていた。一般市民風の年配の男性が1人と警察官が3人。年配の男性が諏訪に気付き、声をかけてきた。


「ああ、諏訪さん。帰ってきたかい。大変だよ。御山オヤマでまた仏さんが出ちゃったよ」


「えっ、またですか…」


 絶句する諏訪に、警察官たちが頭を下げた。3人の中で一番若い男性の警察官が諏訪の方に進み出てこういった。


「度々すみません。山の管理人の諏訪さんに立ち入り調査の許可を頂きたいのですが」


「ええ結構ですよ。私も行っても構いませんか」


「確認してみます」


 そう言うと若い警察官は少し下がり、上司らしき中年の警察官に耳打ちした。中年の警察官は小声で何かを部下の警察官に囁いた。若い警察官は頷きながらそれを聞き、諏訪の方を振り返って言った。


「立ち入り禁止の黄色いテープの外までなら近寄っても大丈夫だそうです」


「ありがとうございます。ちょっと準備がありますので5分ほどお待ちください」


 諏訪と(死神たち)は右脇にある、御札やお守りの販売所の裏に移動した。ムラカミが死神3人に、


「これも予定外の死者ですか?」


 と尋ねた。イケガミがリストをめくりながら、


「その可能性はありますね」


 と答えた。諏訪は下唇を噛み、やるせなさそうに足元を見た。ヤマガミはなぜか上機嫌で言った。


「ちょうど良かった。じゃあ御神木は後回しにして先に仏さんのほう行こうかな」


 イケガミはリストから目を離してヤマガミに非難の目を向けて言った。


「ヤマガミさん、ちょうど良くはないですよ」


「ごめんごめん」


 またしてもイケガミに窘められ、ヤマガミは手をひらひらさせて謝った。諏訪は顔を上げ、神妙な面持ちで死神たちにこう告げた。


「皆さんも来てもらえませんか。実はご遺体も奇妙な点があるんです。実際御目にかけてからのほうがいいかと思ってさっきは言わなかったのですが」


「奇妙な点ですか」


「はい。見ればすぐわかります」


 諏訪の意味深な発言に、ヤマガミは目を輝かせて両腕を競歩の選手のように勢いよく振った。


「よし、行こう。善は急げだ。諏訪さん例の御札人数分くれます?」


「はい。本殿にありますので取ってきますね。少々お待ちください」


 諏訪は小走りで本殿の方に札を取りに行った。その後姿をヤマガミは笑顔で見送った。あの笑顔は、御札がもらえるのがよほど嬉しいのだろうとムラカミは推測し、乾いた笑いを漏らした。



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