第25話 欠損

 死神たちは辺りをブラブラしながら諏訪の帰りを待った。5分ほどして、諏訪が紙の束を手に戻ってきた。死神たちは諏訪の周りに集まった。

 諏訪は御札を見せながら使い方を説明した。


「御札は前と後ろ、見える位置に貼ってください。隠れてると効果がありません」


 話を終え、諏訪は紙の束をまとめて全部ヤマガミに渡した。


「はいよー」


 ヤマガミは御札を受け取り、1枚抜き取るとジャケットのポケットからビニールのようなものを取り出して御札を包んだ。何をしているのかわからず、ムラカミは訊ねた。


「ヤマガミさん、何してるんですか」


「この御札は地球の物質で出来てるだろう?このまま見える位置に貼ると、御札だけが宙に浮いてる状態で人間に見えちまうからな。このシートは俺らのいる次元の素材で出来てるから、こうやって包めば見えなくなるってわけ」


「なるほど」


「これも死神の七つ道具だからお前も持ってるはずだぞ。後で探しとけ。今は急いでるから俺がやるよ」


 ヤマガミはシートに包んだ御札にテープを貼り、ムラカミのおでこにくっつけた。


「ヤマガミさん、前が見辛いんですが」


「おお、そうだろうな。キョンシーみたいで似合ってるぞ」


 2人のやり取りを見てミカミとイケガミは盛大に笑った。諏訪も笑いながらムラカミに近づき、御札を剥がして胸元の辺りにつけ直した。


「おでこじゃなくても、見えるところで大丈夫ですよ」


「ありがとうございます」


 ムラカミは諏訪の優しさに感謝した。ヤマガミが思い出したようにムラカミに注意を促した。


「そうだムラカミ。山の中で咲耶姫がどうとか俺等しか知り得ない情報は言うなよ。多分聞かれてるからな。警察の奴らが話してるような内容ならOKだ。会話は小声で、最低限に留めろ」


「了解です」


 ヤマガミはそういうと残りの札をミカミとイケガミに配った。全員が御札を貼り終わったことを確認し、諏訪は死神たちを引き連れて警察官のもとに戻った。


「お待たせしました」


 警察官たちが諏訪のほうを振り返った。先程の通報したと思われる中年男性は帰ったのかその中にはいなかった。


「ああ、神主さん。準備できましたか。じゃあみんなで現場まで行きましょう」


「場所はどのあたりですか」


 諏訪の問いに、1番若い警官が背後の山の中を指差した。


「諏訪神宮近くの入口から入って、左脇に逸れて15分ほど登ったところです」


「うわあ、今度は登山かよ」


 会話を聞き、ヤマガミがうんざりした口調でいった。諏訪は聞こえてはいるが、死神たちの存在を警察に知られないよう返事はしなかった。


 警察官と諏訪(と死神4人)は山に入り、黙々と歩みを進めた。意外に道が険しいので話している余裕がなかったのもある。15分ほど登ったところで少し開けた所に出た。現場についた頃、辺りは少し日が陰り出していた。警察官の1人が振り返って諏訪にこう話した。


「着きました。我々は調査のため現場保存と実況見分の作業に移ります。諏訪さんはこの辺りにいてください。テープを張りますが、その内側には許可なく入らないでくださいね」


「はい。わかりました」


 諏訪が了承すると、警官たちは諏訪から離れて行った。それを見計らって諏訪が小声で死神たちに囁いた。


「私はここから先は行けません。皆さんだけで見てきてください」


「了解」


 ヤマガミが代表で返事をした。死神たちは諏訪をその場に残し、今度は警官たちの後を付いていった。


 しばらく歩くと、諏訪から見て向かい側は崖になっていた。その崖の手前に生えている立派なけやきの張り出した枝に、青年が首に紐をかけた状態でぶら下がっていた。白目を剥き、舌は出っぱなしで首の辺りの無数の引っ掻き傷が苦悶の様子を表していた。ズボンと真下の地面は濡れており、悪臭が漂っていた。苦痛のあまり失禁をしたようだ。ムラカミも何度かこれと同じような遺体を見たことがあるが、何度見ても哀れとしか言いようがない有り様だ。警察官達がバリケードテープを取り出し、青年の半径5mを囲うようにテープを張り巡らせていった。


 死神たちは少し離れた所─テープのすぐ外から遺体の観察をした。それでも分かるくらい、遺体には奇妙な点があった。ムラカミが口を開いた。


「あの遺体、首吊りですよね?なんで左腕がないんですか?」


 ムラカミのいう通り、青年の左腕は肩の部分から失われていた。


 ヤマガミはわからないと言いたげに唸りながら応えた。


「何でだろうな。しかも切り口?が汚いし。刃物とか道具で切ったんじゃないのは確実だな。無理やり引きちぎりましたって感じだし」


 青年の左肩からは筋肉や血管の筋が無惨な様子で垂れ下がっていた。それは固まったパスタをフォークでちぎった後を連想させた。


 ムラカミは痛々しい傷を眺めつつ、思い付くままに口にした。


「動物に襲われたとか?」


 イケガミがリストをチラリと見ながら困惑した様子で言った。


「それが…大御山には人を襲うような熊や大型の猛禽類は生息していないんです。小動物や鹿ぐらいですね」


「じゃあ人間ですか」


「そんな訳あるか。どんなクソヂカラだよ」


 ヤマガミは呆れた口調でムラカミに突っ込みを入れた。ミカミが腕を組み、


「となるとやはり例の方がこれをやったことになりますね」


 と神妙な面持ちで遺体を見ながら言った。ヤマガミは大きく頷いた。


「信じがたいけど可能性は大だな。ていうかほぼ確定だろう。イケガミさん、この男はリストに載ってる?」


「はい。ありました。若山俊21歳、現在大学生で神奈川県出身です。家も大学もここから大分離れた所にあります。大御山には2週間ほど前に1度、ハイキングで友人と訪れています」


 イケガミは対象の情報が見えるスコープで青年を観察しながら答えた。リストはもうほぼ頭に入っているらしい。


「もう少し近くで見るか」


 ヤマガミはそういうと、ピンとはったバリケードテープを揺らさないよう慎重に潜り抜けた。他の死神たちもそれに続いた。


 テープを張り終えた警官たちは、今度は遺体の周りを白い布で囲み始めた。すっかり日が暮れてきたので、1人がライトを持ってきて布の内側に設置した。いつの間にか人が増えており、「鑑識」の腕章を着けた者たちが写真を撮ったり、地面や遺体から何かを採取したり忙しく動いている。先に来ていた警察官とスーツを着た刑事らしき男が遺体を見ながら話をしていた。


「この遺体、どう思います?」


「この腕の欠損はただごとじゃないな。事件性も視野に入れて捜査しよう」


 その会話を聞いて、ヤマガミがからかうように言った。


「ああ、確かにこれは事件だよ。まあこの件はお前らの管轄外だから俺らに任せとき」


 その台詞にイケガミとミカミは意味ありげに含み笑いをした。その後ろでムラカミは咲耶姫がなぜ青年から腕を奪ったのかについて考えていた。その惨たらしい傷口を見ていると、理屈が通じる相手ではないことが伝わってきた。


 事件が解決するまでに、俺もこんな目に遭うかもしれないな。


 片腕や片足がなくなった自分を想像し、ムラカミはぞっとした。五体満足で任務を終えられる事を祈りつつ、ムラカミは遺体に近付いていった。







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