第18話 予定外の死者たち
カンザキは静かに話し出した。
「とある県にある大御山─ここで199●年4月から半年間、私たちの計画にない、寿命を迎えていない人間が多数死んでいるという情報が入りました。皆様にこの件について調査をお願いしたいのです」
そういってデスクの引き出しから紙の束をいくつか取り出した。
「こちらが現段階で判明していること、予定外の死者のリスト、大御山についての資料です。目を通しておいて下さい」
イケガミが前に出で、資料を受け取り、元の配置に戻った。ミカミは資料の山を受け取り、ムラカミとヤマガミにも残りの資料を分けた。カンザキはそれを眺めつつ話を続けた。
「大御山は何千年もの間、ある女性の神によって生態系などが管理されておりましたが、予定外の死者が増えた辺りからその神と接触することが出来なくなりました。おそらくこの件にはその神が大いに関係していると思われます」
今まで静かに話を聞いていたミカミが口を開いた。
「ではその神と接触し、事の次第を聞き出し、無用な殺生をしていた場合は止めるよう説得すれば良いのでしょうか」
ミカミの問いに、カンザキは頷いてみせた。
「そう出来ればそれが1番ですね」
「もし説得が上手くいかなかった場合は?」
カンザキは眉をひそめてミカミを見つめ、こう言った。
「その場合はその神を召させて頂くしかないです。非常に難しいとは思いますが…。どうしても無理なら事の次第だけ私に報告お願いします。その後はこちらで処理します」
「承知いたしました」
「他に何か質問はありますか?」
ムラカミ以外の3人は黙って首を振った。ムラカミにいたっては何が分からないかも分からないような状態だった。質問がないと見てカンザキは口を開いた。
「それでは早速なのですが仕事に取りかかってください。案内は私の方でしましょう」
そういうとカンザキは右手を挙げて窓と反対側の壁にかざした。
真っ白な壁の中央にどす黒い渦が生まれ、メキメキと何かが軋むような音がした。ムラカミは驚いて身体をビクリと痙攣させたが、他の3人は平然としていた。
壁は得たいの知れない生き物のように蠢き、軋むような音や衝撃音、不協和音めいた不快な音が部屋中に響いていた。ムラカミは雷に怯える動物のような、原始的な恐怖を感じていた。理性ではなく本能が、これは危険だとムラカミに警告していた。出来ることなら逃げ出したかったが、以前カンザキに意見してどんな目に遭ったかを思い出し、ムラカミは逃げるのを諦めた。
やがて不穏な音が止み、左上の方に小さな穴が開いた。その穴は波紋のように音もなく広がっていき、人1人が通れるくらいの大きさになった。穴の向こうには明るい陽射しと揺れる木々があった。
カンザキは右手をデスクの上に戻し、死神たちに微笑んだ。
「お待たせしました。向こうは199●年5月1日午前9時ちょうどの大御山─異変が起き始めた1ヶ月後の世界です。それでは皆さん、あとはお願いします」
「ありがとうございます。行ってきます」
イケガミはそういってカンザキに会釈をし、穴に向かっていった。すぐ横を三毛猫が影のように付いていった。そのすぐ後をミカミが続いた。
ヤマガミはのんびりとリラックスした足取りで穴の向こうへ歩きだした。が、ムラカミが着いてきていないことに気付き、振り返って声をかけた。
「おいどうした。早く行くぞ」
ムラカミはハッとして慌ててヤマガミの後を追った。部屋を出る寸前、チラリと振り返るとカンザキがこちらを見て笑っていた。その笑顔は暇潰しに見た画集に乗っていた、黒衣の女性をムラカミに思い出させた。
あれは何て名前の絵だったっけ。凄く有名な絵画だって本には書いてあったけど─。
ムラカミはカンザキから目を離せないまま、穴の向こうの世界へ降り立った。その瞬間、穴はぐにゃりと崩れて跡形もなく消えてしまった。
ムラカミはヤマガミ達の姿が見えない事に気付き、焦りながらその場を足早に去った。ムラカミの起こした微かな風に、木々や草花はささやかに揺れた。それはこの頼りない青年が、山の恐ろしい現状を解決してくれることを願うかのように。
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