第17話 協力者
協会に移動するエレベーター内は、急上昇する戦闘機もかくやという凄まじいGだった。最初は耐えきれず床に這いつくばっていたムラカミだったが、今では普通に立って喋る余裕を見せるほどになった。慣れは恐ろしいとムラカミは密かに思った。
やがてエレベーターは急停止し、ドアが静かに開いた。
目の前にはいつもと同じ、夕暮れの空とコスモスの花畑が広がっていた。憂鬱な悪夢のように不気味で美しい風景だった。
2人はエレベーターから出て、花畑を縫うように続く土の道に降り立った。するとエレベーター扉は静かに閉まり、それと同時に姿を消した。
ムラカミの頭の上の鳩がパタパタと羽を動かし、空へ羽ばたいた。夕陽の光を受け、真っ白だった羽がすうっと伸び、サイケデリックな色合いに変わった。そして一声鳴いて遥か向こうの山々へと飛び去っていった。
「極楽鳥…」
あの鳥が実は鳩ではなかったと知って、ムラカミは驚いてそう呟いた。ヤマガミは煌めく極彩鳥の姿に目を細めながらこう補足した。
「あの姿だと地上じゃ目立ちすぎるからな。動物と一部の人間には俺らが見えてるから、お前も気をつけろよ」
「それは初耳ですね。気をつけます」
花畑がコスモスからガーベラに変わった頃、道の途中に一枚のドアが現れた。まるでシュールレアリズムの絵画のようだった。ヤマガミはドアのインターホンを押した。
「はい」
インターホンから女性の声が応対した。
「お疲れ様です、ヤマガミとムラカミ到着いたしました」
「お待ちしてました。どうぞお入りください」
ドアの鍵がガチャンと音を立てて開いた。ムラカミはヤマガミを先に通そうとドアを開けた。
壁も床もデスクも全て白で統一された室内。右手のはめ殺しの窓からは雲一つない晴天の青空が広がっている。デスクには白い礼服のようなものを着たロングヘアの美しい女性が座っている。この女性はは2人の上司のカンザキである。ここまではお馴染みの光景だが、今日はいつもと違って先客がいた。ブラックワンピースに黒い小さな帽子を被った小柄な女性(足元に三毛猫が座っている)、もう1人はブラックスーツ姿の背の高い痩身の男性だった。
「おっ、イケガミさんとミカミくんじゃん。久しぶりだなあ」
ヤマガミの声に反応して2人の先客が振り返った。女性の方が微笑んでヤマガミに会釈した。
「お久しぶりです、ヤマガミさん。またご一緒できて嬉しいです」
「いやあこっちこそ。イケガミさんとなら仕事は上手くいったも同然だわ。ミカミくんもこないだはどうも。いつみても男前だな」
男性の方はムラカミも見覚えがあった。以前、病院で会った死神の男だ。仕事のミスをリカバリーするのに協力してもらったのだった。
「いえいえ、そんなことないです。今回俺も一緒にやらせてもらうんで、よろしくお願いします」
ミカミは謙遜していたが、褒められるのには慣れた様子だった。それを見ていたカンザキは、良い事を思いついたと言いたげに微笑んでこう言った。
「せっかくなんで皆さん自己紹介して頂きましょうか。その方が話がスムーズですから」
そう言われ、小柄な女性の方がムラカミ達の方に向き直って自己紹介を始めた。
「じゃあ私から。イケガミと申します。こちらの猫は使い魔の巴御前です。情報収集が得意です。よろしくお願いします」
「はい、よろしく」
「よろしくお願いします」
ヤマガミは笑顔で頷いき、ムラカミは頭を下げた。
続いて隣の背の高い男が語り出した。
「ミカミです。6年ほど死神をやっています。こう見えてお喋り好きなんで、交渉が必要な時よく呼ばれます。自分の都合のいいようにかつ相手が不満に思わないように話をまとめるのが得意です。よろしくお願いします」
ヤマガミはうんうんと頷きながらこう言った。
「頼もしいなあ」
「よろしくお願いします」
次はヤマガミかとムラカミは思ったが、ヤマガミは首を掻きながら
「俺のことはみんな知ってるから自己紹介はパスで。ムラカミくんどうぞ」
と言った。急に振られてムラカミはビクッとした。部屋中の注目を浴び、汗をかきながら自己紹介した。
「初めまして。ムラカミと申します。死神になったばかりであまり役には立たないかと思いますが、皆さんの足を引っ張らないように頑張ります。よろしくお願いします」
「よっ頑張れ!」
そうからかってヤマガミは拍手した。イケガミとミカミはそれに笑いながら
「よろしく」「よろしくお願いします」
とそれぞれ頭を下げた。
自己紹介は比較的和やかなムードで終わった。カンザキは軽く咳払いをして注意を自分の方に向けさせた。そして全員の目を順番に見ながらこう切り出した。
「一通り挨拶が済んだところで本題に移りましょう。今日みなさまをお呼びたてした理由なのですが、地上で不可解な事がございまして、それについて調査及び問題の解消を依頼したいと思います」
来たぞ、とムラカミは緊張しながら次の言葉を待った。一体何が始まるのか見当もつかなかったが、自分以外の3人はなんとなく分かっていそうだった。落ち着かない気持ちになっているのは自分だけのような気がして、ムラカミは余計に緊張した。
できれば危険でも、面倒でもない仕事だといいな。
ムラカミはそう願ったが、嫌な予感ほどよく当たるのをこれまでの死神の仕事を通じて実感していた。この願いも目の前の神には通じないことをムラカミは痛いほど分かっていた。そしてやはりムラカミの嫌な予感は現実となってしまうことをこの後理解させられる羽目になるのだった。
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