第16話 緊急招集

 それはムラカミとヤマガミが建設現場で召させた土木作業員の魂を回収しているときだった。


 しゃがんで魂を回収しようとするムラカミの隣で、パタパタと羽音がした。ムラカミが目をやるとそこには真っ白なハトがいた。片方の脚に金色の足輪を付けている。ハトは円らな目でムラカミを見てポゥ、ポゥと鳴いた。


「おっ、緊急招集だ。ムラカミ、回収急げ」

 ヤマガミはハトを見るなり、ムラカミを急かした。


「えっ?はい」


 ムラカミは慌ててカプセルをポケットにしまい立ち上がった。

 ヤマガミはムラカミの足元で羽繕いをしているハトを指差して言った。


「そのハトも連れてきて。カンザキさんのだから」

「了解です」


 ムラカミはハトを捕まえようと手を伸ばした。するとハトはその手を避けて空中へ飛び立ち、しばらくホバリングした後ムラカミの頭上に着地した。満足げなハトと困惑するムラカミを見てヤマガミは吹き出した。


「良いところに止まったな。それでいいから、早く行くぞ」

「いいんですかこれで」


 ムラカミの返事を待たず、ヤマガミは駆け足でどこかへ向かっていた。ムラカミもそれに続いた。



 やって来たのは建設現場の詰所だった。先程ムラカミが起こした事故のおかげで作業員は全て避難しており、無人になっていた。


「あったあった。貸してくーださいっと」


 ヤマガミは据え置きの電話に駆け寄るとナンバーキーを押してどこかへ電話をかけた。


「お疲れ様です。ヤマガミです。カンザキさんから招集かかってるんですが、ルート確保お願いいたします。…はい、はい。承知です。ありがとうございます。」


 ヤマガミは電話を終え、受話器を戻した。ムラカミの方を振り返り、手短に説明した。


「すぐ向かいのマンションにルート確保してもらった。行くぞ」

「はい」


 ムラカミが頷くとハトも少し揺れた。ハトは落ちまいとしてムラカミの頭皮に足の爪を食い込ませた。


「いたたたたた」


 ムラカミが悲鳴を上げ、ハトを降ろそうとしたが、ハトは余程ムラカミの頭の上が気に入ったのか余計に爪を食い込ませて踏ん張るのだった。ハトに翻弄されるムラカミをヤマガミが白い目で見ながら言った。


「ほら、遊んでないでさっさと来る。またあの雷を落とされたいのか?」

「遊んでないです。このハトが…」

 ムラカミは弁明したが、それを遮ってヤマガミはこう言った。


「そのハトはカンザキさんのもの、すなわち神の使いだからな。ぺーぺーの死神のお前より格上だから丁重に扱えよ」

「ええ…」


 ハト以下の存在とはっきり言われ、ムラカミは落ち込んだ。頭上のハトはそれを知ってか知らずか上機嫌でさえずっていた。


 ルート確保が完了し、2人は詰所を出た。ヤマガミは目の上に手を当てて周りを見渡した。そして詰所の入り口の反対側にある白いマンションに目を留めた。


「9階建の白いマンション…あれかな。たぶんあれだな。よし行こう」


 ヤマガミはマンションに向かってズンズン歩き出した。ムラカミはそれに黙って従った。


 2人は砂利や鉄板、工具などを避けながら工事現場を囲うバリケードの外に出た。街路樹の植わった道路を挟んで、向かい側にマンションがあった。


 目的のマンションは、白い花崗岩を外壁にあしらった瀟洒な佇まいをしていた。エントランスの自動ドアの横に、ブロンズのプレートで『メゾン・ド・ハルカ』と表記されていた。それを確認し、ヤマガミは頷いた。


「白いマンション、メゾン・ド・ハルカ。ここで間違いない。行くぞ」


 エントランスはオートロックの自動ドアになっているため前に立っても開かないが、死神は肉体がないので問題ない。2人はそのまま自動ドアに向かって歩いていき、すきま風のようにドアを通り抜けた。


 ムラカミはハトの存在を忘れていたことに気付き、小さく声を上げて頭上を確認した。心配をよそにハトは何事もなく頭の上に乗っていた。


「ハトも通り抜けられるんですね」

「うん、そのハトもこの世のもんじゃないからな」


 エントランスは右手に管理室があり、エレベーターはその少し奥にあった。2人はエレベーターの前に行き、ムラカミが上階行きのボタンを押した。


 エレベーターを待ちながら、ムラカミはヤマガミに話しかけた。


「緊急招集なんて初めてです。何があったんですかね」

「さあな。だが今までの俺の経験からすると、緊急招集で呼ばれた時は危険で面倒な仕事を振られる可能性が高い」

「えっ…」

「良いこともあるぞ。そういう仕事は得点が高いから、こなせれば死神卒業へのゴールが近くなる」

「得点とかあるんですか」

「上の奴らはそうはいってねえけどな。俺たちの間でまことしやかに囁かれている」

「なんだ、噂ですか」

「だって、上の奴ら何にも教えてくれないんだもん。俺らで想像するしかないじゃん?」


 ヤマガミは口を尖らせながら不満げに言った。その間ハトは機嫌よくポロッポー、ポロッポーと鳴いていた。ムラカミは目玉だけで上を見ながら


「このハト、ずっと頭の上にいるんですけど」


 と呆れ気味に言った。ヤマガミは顎をさすりながら、


「ホントだなあ。お前の髪、鳥の巣みたいだから居心地がいいんじゃない?」


 と行ってわっはっはと笑った。ムラカミはヤマガミの頭髪の様子を見た。まるで冬の野原のような侘しさだった。


「ヤマガミさんの頭は居心地が悪そうですもんね」

「おい、どういう意味だそれ」


 ヤマガミが気色ばむと同時にエレベーターが到着した。ベルのような音の後、ドアが静かに開いた。2人はエレベーターに乗り込んだ。ムラカミが最上階行きのボタンを押すとドアが静かに閉まり、2人の姿は箱の上昇と共に見えなくなった。






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