第15話 心境の変化

 それから、ムラカミはヤマガミの指導のもと、死神としての仕事を粛々とこなしていった。生き物の死に様はこんなにもバリエーションに富んでいるとはムラカミは知らなかった。笑ってしまうような間抜けな死も、悲しくてやりきれないような死もあった。また、仏のような善人が非業の死を遂げることもあれば、悪魔のような悪人が安らかに息を引き取ることもあった。そこには善悪も、正義も、平等もなかった。死は理不尽に人々を襲った。それから逃れられる者は何人たりともいなかった。それを人々は『運命』と呼んだ。


 ムラカミはやがて、最初の頃に感じていた罪悪感や憤りや悲しみの感情を失っていった。生き物の命を奪うことはムラカミにとって食事や睡眠と同じ、ただの日常となっていった。そのことをヤマガミに告げると、


「お前も大分死神らしくなってきたじゃねえか」


 と笑ってムラカミの肩を叩いた。それが良いこととはムラカミは思わなかったが、精神的なダメージは以前より少なくなったのは確かだった。


 とある日、ムラカミは1人の青年を召させた。首吊り自殺だ。ムラカミは青年が自殺するよう脳内伝達物質を操作し、鬱状態にして彼を自殺へ導いた。なぜそうしたか、と言われれば上司に指示されたから、としか言いようがない。ムラカミ自身は青年に対して恨みもつらみもないし、死なせなければならない理由などなかった。強いて理由を上げるとすれば、『日本の土壌を豊かにするための生態系管理の一環』だろうか。これはカンザキの受け売りだったが。


 魂を回収するため、ムラカミは青年の側に寄った。しばらく待っていると胸の辺りからオレンジ色の光の玉が現れた。これが青年の魂だ。地平線に沈む太陽のように、熱く儚い光だった。


 ムラカミは胸ポケットからカプセルを取り出し、青年の魂を収納した。

 ふと青年の顔を見ると、両目から涙が流れていた。


「どうした?なんか顔についてたか?」


 ムラカミが青年の顔をじっと見ているのに気付いて、ヤマガミが声をかけてきた。ムラカミは振り返って首を降った。


「いえ、何でもないです。魂回収出来ましたんで、次の現場行きましょう」

「よっしゃ、行こう。今日も順調で何よりだ」


 首吊り自殺では死後身体中の筋肉が弛緩し、色んな場所から体液が出てしまうことが多い。青年の涙も感情はない、ただの自然現象であるとムラカミは経験で知っていた。ムラカミは青年に背を向け、鞄から装置を取り出しワームホールを作った。座標を合わせながら、ムラカミは頭の中で次の現場の段取りを考えた。


 次の現場は浴槽で溺死か。あんな場所で溺れるヤツがいるかと前は思ってたけど、これが結構いるから驚くよな。問題はどうやって溺れさせるかだけど…徹夜続きで睡眠不足らしいし、普通に手で頭をお湯に沈めればいいか。いやそれとも…。


 ムラカミは考えながら装置の赤いボタンを押した。爆発音と共に乾燥したフローリングの床にワームホールが出現した。ヤマガミがすぐさま飛び込んだ。それを待ってからムラカミもワームホールへ飛び込んだ。


 部屋に残された青年の両目から流れた涙は、顎を伝って床に落ち、小さな水溜まりを作った。涙は何年もワックスがけされていないフローリングに染み込み、やがて跡形もなく消えていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る