第13話 邂逅
扉の向こうには、見覚えがある部屋があった。
壁も床もすべてが真っ白な部屋。右手のはめ殺しの窓から見える雲一つない晴天の空。真っ白な机には髪の長い美しい女性が微笑んで座っている。
あの時の部屋だ。そして忘れもしない、俺を無理やり死神にして地上に落としたあの女だ。俺の上司だったのか。
ムラカミはあの時のひどい扱いを思い出し、ふつふつと怒りが湧いてきた。
女性ははにっこりと笑って2人を迎え入れた。
ヤマガミは胸ポケットから魂の収納したカプセルを取り出しながら女性に挨拶をした。
「お疲れ様です、カンザキさん。頂いた作業が全て終わりましたので、報告に参りました。魂の方先にお渡しします」
ヤマガミはカンザキに歩み寄り、カプセルを机に置いた。カンザキはカプセルを受け取って、背もたれの後ろからハンドバッグのようなものを取り出し、それにカプセルをしまった。
「ご苦労様でした。報告を聞かせてください」
ヤマガミは懐から指示書を取り出し、それを見ながら淡々と報告をしていった。
「魂の内訳ですが、人間の男が5人、人間の女が6人、犬が3匹、猫が2匹、文鳥が1羽、ゴールデンハムスターが2匹、金魚が3匹、カブトムシのつがいが1匹ずつ、計24個の魂を回収しました。飛び降り自殺の村田龍司の死亡時刻が7分後ろにずれてしまいました。申し訳ありません。それ以外は指示書通りとなっています。その男だけヒストリー修正お願いします」
ムラカミにはヤマガミが何を言っているのか半分以上理解できなかったが、カンザキは頷きながら報告を聞いていた。
「ありがとうございました。修正が1件だけ、時刻のみというのは素晴らしいですね。この調子で今後もよろしくお願いします」
カンザキは机の引き出しから紙の束とカプセルを取り出して、ヤマガミに差し出した。
「次の指示書とカプセルです。始まりが20××年10月3日0時15分、24個分の魂を回収お願いします」
「承知いたしました」
ヤマガミが指示書とカプセルを受け取ろうと一歩前に出た。報告が終わりそうなのを感じて、ムラカミは思い切って口を開いた。
「あの、ちょっといいですか」
突然話し出したムラカミに、ヤマガミとカンザキが目を向けた。2人の注目を浴びて少し怯みながら、ムラカミは勇気を振り絞ってこう言った。
「あの、僕、死神を辞めさせてくれませんか」
「辞める?」
カンザキは微笑みを崩さないまま、穏やかな口調で聞き返した。ムラカミは話を続けた。
「はい。僕にはちょっと向いてないっていうか…。仕事とはいえ、人や生き物を死なせるのは心が痛むし、良くないことだと思うんです。申し訳ないのですが辞めさせてください」
「お、おい、ムラカミ…」
ムラカミの発言に、ヤマガミは何やら焦り出した。カンザキは何も言わず、ただ微笑んでムラカミの主張を聞いていた。
突然、部屋の天井が消えた。吹き抜けになった部屋の真上には、青空と宇宙の闇が壮大なグラデーションを描いていた。遥か先に星がちらちらと瞬いていた。
何だ?天井が無くなったぞ。
ムラカミが不思議に思って上を見上げると、光が上空で迸るのが見えた。
次の瞬間、激しい閃光と爆音と共に雷がムラカミを直撃した。
ムラカミは身体が引き裂かれるような激痛に襲われ、意識を失い棒のように床に倒れた。ムラカミが倒れると同時に天井は元の白い壁に戻った。
「おいムラカミ!大丈夫か、しっかりしろ!」
ヤマガミがあたふたしていると、カンザキがうっすらと笑ってこう言った。
「ちょうど全知全能の神がいらしてましてね。ご返答を頂きました。それでムラカミさん、お辞めになりたいってどういうことでしょう」
とても返事を返せるような状態ではないことを承知で、カンザキはムラカミに今一度聞いた。ヤマガミはまだ気を失っているムラカミを抱え起こしながら、代わりに平謝りした。
「失礼をいたしまして大変申し訳ございません!これからも死神の仕事に精進したいと彼は申しております。なっ、ムラカミ!」
ムラカミはぐったりとして返事をしなかった。だがカンザキはにっこりと微笑んだ。
「それなら結構です。引き続き、魂の回収をお願いします」
「はい、ありがとうございます。それでは失礼いたします」
ヤマガミは愛想笑いをしながら手元の指示書をカンザキに渡し、新しい指示書とカプセルを受け取った。そしてカンザキにペコペコと頭を下げながらホール・ジェネレーターを操作した。床に十字のマークが現れ、爆発音と共にワームホールが出現した。ヤマガミはムラカミを肩に担いでワームホールに飛び込んだ。2人が飛び込んだ直後、ワームホールは幻のようにスッと消え、辺りは静寂で満たされた。
カンザキは満足そうに微笑んで、机から立ち上がってドアまで歩き、外に出ていった。部屋の外のポピーの花畑が、カンザキを歓迎するかのように楽しげに揺れていた。
「まあ、彼は死神にならなければいけないと言うほど、重いカルマを背負っているわけではないのですがね…」
色とりどりのポピーを眺めながら、カンザキは1人そう呟いた。長い髪が西からの風を受けてサラサラと靡いていた。
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