第12話 夕暮れのコスモス

 2人の死神が乗り込むと、エレベーターの扉が閉まり、静かに上昇し始めた。

 1、2、3…と順番にインジケーターが点灯するのを見ながら、ヤマガミは話し出した。

「死神は大体1時間に1人のペースで魂の回収をする。1日分─つまり24人集まったら魂を上に提出して報告するんだ」

「連絡は電話なんですね」

「そう。番号は後で教えるわ。電話をかけてルート確保してくださいって言えば、近くのエレベーターとか階段に上へ繋がるルートを作ってくれる」

「でも俺らより先に人がエレベーター使っちゃったらマズイんじゃないですか」

「大丈夫。特別な手順を踏まないと協会には行けない仕組みになってるから。それも今から教える」

 そんな会話をしている内に、エレベーターは最上階に到着した。ベルのような音のがした後、ドアが静かに開いた。最上階は催事に使うフロアのようだったが、真夜中だということもあり、照明は落とされ人は誰もいなかった。

 誰もいない真夜中の公共空間はなぜこんなに不気味なのだろうとムラカミは思った。

 ヤマガミはフロアには目もくれず、迷いない手つきで非常ボタンを押した。

 呼び出し音の後、ボタンの横のスピーカーから女性のオペレーターが応答した。

「はい、山内ビル管理センターです。どうされましたか」

「レコード134687No.5。魂の提出と終了報告に来たとカンザキに伝えてくれ」

「承知致しました。お繋ぎします」

 オペレーターが答えた後、エレベーターの扉が静かに閉まった。と同時にムラカミは強烈な重力が身体にかかるのを感じた。エレベーターは山内ビルを離れ、物凄いスピードで何処かへ向かっているようだった。

 ムラカミは立っていられず、エレベーターの壁にもたれかかり、手すりに捕まって何とか床にへばりつかずにいられる状態だったが、ヤマガミは腕組みしながら普通に立っていた。それをムラカミは信じられないものを見るような気持ちで見つめた。

 突然、エレベーターが何かにぶつかったかのように乱暴に停止した。と同時に強烈なGが消えた。

 ベルのような音と共にドアが開いた。目の前に広がっている光景にムラカミは驚いて目を見開いた。


 そこに広がっていたのは殺風景なビル群でもコンクリートジャングルでもなかった。

 夕暮れの空。その下には色とりどりのコスモスの花がどこまでも広がっていた。それを囲うように黒い木々が生い茂っているのが遠くの方に見えた。エレベーターから降りたところに踏み固められた剥き出しの土の道があり、コスモス畑の中を縫って太陽のほうまで続いていた。


 ヤマガミはエレベーターから降り、その道を歩き出した。ムラカミもそれに従った。

 2人がエレベーターから降りるとドアは閉まり、エレベーターはその姿を消した。消えた後には同じような土の道とコスモス畑が広がっていた。

「ここはどこなんですか」

 戸惑いを隠せないムラカミに、ヤマガミは歩きながら説明した。

「俺たちの上司が使ってる、まあ仕事用の部屋みたいなもの。この風景は上司の趣味を反映している。なぜかいつきても夕暮れなんだよな。そういうのが好きなんだろうけど」

「へえ…」

 2人の背後から、渡り鳥のように規則的に並んでサイケデリックな鳥が羽ばたき、夕暮れの空を飛び去っていった。

「お、極楽鳥の群れだ」

 ヤマガミが珍しい昆虫を見つけた子供のように呟いた。夕焼けのピンクの雲と薄紫の空をバックに飛ぶ極楽鳥の群れは、美しいがどこか不気味で、高熱を出したときに見る悪夢を彷彿とさせた。ムラカミは何だか寒気に襲われ、身震いした。

「どういう趣味なんですか」

「さあ。神々のセンスは俺にも良くわからん」

 花畑はいつの間にかコスモスからポピーに変わっていた。色とりどりのポピーは西風に吹かれて2人を揶揄うように揺れていた。

「そろそろ入り口なんだが…。あっ、あった。あれだ」

 剥き出しの土の道の奥に、花畑とは不釣り合いな無機質な金属製のドアがあった。目線ぐらいのところにインターホンのようなものがついている。ムラカミは何かあるのかとドアの後ろに回り込んだが、何もなかった。一枚の金属製のドアがあるだけだった。首を傾げるムラカミを無視して、ヤマガミがインターホンのボタンを押した。

「はい。カンザキです」

 インターホンのスピーカーから、聞き覚えのある女性の声がした。不思議に思ったムラカミはドアの後ろから戻ってきてヤマガミの背後につき様子を伺った。ヤマガミがインターホンに向かって応答した。

「死神のヤマガミです。魂の提出と報告に来ました」

「ええ、聞いてます。どうぞ入ってください」

 ドアの向こうから、ガチャリと鍵が開くような音が聞こえた。ヤマガミはドアノブに手をかけてドアを開いた。

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