第11話 ルート確保
その後、ムラカミは階段から人を突き落としたり、入院患者に毒を盛ったり、老人の喉に餅を詰め込んだり、建設現場の上から鉄骨を落としたりとありとあらゆる方法で人々を殺害した。あまりにも短時間でたくさんの人を手にかけたため、罪悪感を持つ余裕もないほどだった。すべてのリストを消化し終わった頃、辺りはすっかり真夜中になっていた。
「よし、手持ちの仕事は全部終わった。回収した魂を持って報告に行くぞ」
ヤマガミは全部に『済』のチェックが付いた指示書を満足げに捲りながら、ビルが所狭しと並ぶ都会の街を歩いた。どうやら何かを探している様子だった。その後ろをぐったりと疲れ切った様子のムラカミが歩いていた。ムラカミは今日1日ですっかり参ってしまった。そして心の中でこう決意した。
もう無理だ。こんな仕事、俺には出来ない。報告の時に上司の人に行って辞めさせてもらおう。きっと最初に言われたように永遠に地上を彷徨う羽目になるだろうけど、人殺しよりは全然マシだ。そうだ、そうしよう。
辞める決意をしたことで少し元気を取り戻したムラカミは、何かを探してキョロキョロしているヤマガミに話しかけた。
「ヤマガミさん、さっきから何を探しているんですか」
「公衆電話。連絡して上に繋ぐルートを作ってもらいたいんだけど、最近少ないんだよな…。もう普通の電話でいいや。あっ、コンビニあった。あれでいいか」
そういうとヤマガミは目の前のコンビニに入っていった。換気のためか、ドアは開きっぱなしになっていた。ムラカミもそれに続いた。店内では大学生らしき若い店員がパンの品出しをしていた。2人の入店にはまるで気がついていない。
ヤマガミは慣れた様子でバックヤードに入ると、奥の控え室らしきところに入っていった。そこでお目当ての電話を見つけて顔を綻ばせた。
「あったあった。誰もいないな。ちょっとお借りしまーす」
そういうと素早くナンバーキーを押し、どこかへ電話をかけた。ムラカミは何が何だかわからず、ただ様子をじっと見ていた。
「お疲れ様です、ヤマガミです。作業が全て終了したんで協会へのルート確保お願いします。…はい…はい…。了解です。ありがとうございます」
手短に電話を終え、ヤマガミは受話器を置いた。
「これで良し。隣の山内ビルにルート確保できた。すぐに向かうぞ」
言い終わるやいなや、ヤマガミは足早に歩き出した。ムラカミは慌ててヤマガミの後を追った。
コンビニを出てすぐ右に石造の小綺麗なオフィスビルが建っていた。エントランスを見ると、自動ドアの横にあるシャンパンゴールドのプレートに、『山内ビル』と書かれていた。
「このビルか。分かりやすくて良かったな」
ヤマガミはそう言うとスタスタとエントランスに向かって歩いていった。入口は自動ドアのため、肉体のない死神には当然センサーは反応しなかった。が、ヤマガミは自動ドアの僅かな隙間からスルリと室内へ入った。ムラカミが躊躇していると、ヤマガミが気付いて自動ドアの前まで戻ってきた。自動ドアを突破できずにいるムラカミを不思議そうな顔で見て、
「どうした?早く入れよ」
と促した。ムラカミは困りながら、
「すみません、やり方が分からなくて」
と言った。ヤマガミはあっはっはと笑いながら、
「やり方とかないから。怖がらずこの隙間めがけて身体を突っ込め」
と大雑把なアドバイスをムラカミに与えた。
「…分かりました。やってみます」
ムラカミはちょっと距離をとってから早足で自動ドア同士の境目の僅かな隙間めがけて突進した。ムラカミがドアに衝突する寸前、視界がぎゅっと狭まって、視界の両端に自動ドアの隙間の内側らしきものが見えた。それを過ぎると視界が元に戻った。
ムラカミは無事自動ドアを通り抜け、ビル内に侵入することに成功した。
ヤマガミはパチパチと拍手でムラカミを称えた。
「できたじゃないか。おめでとうムラカミくん」
「はあ…。ありがとうございます」
何だかよく分からないままムラカミは頭を下げた。エントランス内はオフィスのようなものはなく、右手に受付らしきカウンターがあり、その奥にエレベーターが一機あるだけだった。ヤマガミは親指を立て、背後のエレベーターを指しながら言った。
「このビルのエレベーターがルートになってるらしい。昔は階段が多かったけど、最近はエレベーターがルートになることが殆どだ。さあ記念すべき初報告に行くぞ」
「なんか緊張しますね」
「最初はそうだろうな。まあ俺がほぼやるから心配すんな。お前は横で黙って立ってればいい」
「ありがとうございます」
ヤマガミはエレベーターの『↑』のボタンを押した。エレベーターのインジケーターが光り、エレベーターは静かに動き出した。2人の死神は無言でインジケーターのランプを見つめた。
ムラカミは死神を辞める旨をどう説明すべきか頭の中で整理しながら、エレベーターが到着するのを待った。初めて会う上司が話のわかる人だといいのだが、とムラカミは密かに願いをかけた。
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