第8話 海辺にて

 そこは先程とはうってかわって木々の生い茂る森の中だった。海が近いのか、どこからか波の音が響いてきている。光の輪が広がり、ヤマガミがその中から現れた。間を置かずムラカミも光の輪から登場した。今回は頭を打つことなく地面に着地することに成功した。

 ムラカミは隣で指示書を見ているヤマガミに訊ねた。

「今回はどうやって召させるんですか」

「ああ、崖から飛び下り自殺だ。ほれ、指示書」

 飛び下り自殺と聞いて、ムラカミは嫌な予感で胸を一杯にしながら渡された指示書に目を通した。そこにはこう記されていた。


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❴202×/5/10 14:36❵


 静岡県○○市▲ 4-23 **海岸

 座標 x○○○○.y★★★★


 死者名:村田 龍司(47)


 死因:飛び下り自殺


 企画者より:崖から飛び下り、下の岩場に落ち、全身を強打したショックで死亡の予定です。即死でないことも多々ありますので確実に召させるよう臨機応変に対応お願いいたします。


 以上

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 案外細かいことは現場に丸投げなんだな、と思いつつムラカミは顔を上げた。

「この村田って男はどこですかね」

「さあ。多分近くにいると思うんだけど…」

 ヤマガミとムラカミは辺りをきょろきょろ見渡した。そして目の上に手を当てながらヤマガミがあるところを指差した。

「あっ、いたいた。あの崖のところにいる。多分アイツだ」

 ムラカミを指さされた方へ目をやると、前方右が崖になっており、そこに男が佇んでいた。ヤマガミはスコープで男を観察し、指示書の人物であるかどうか確認をしていた。

「村田龍司、47歳、享年も47歳になってる。間違いない、あの男だな。とりあえず近くに行ってみよう」

「了解です」


 2人の死神は落ち葉や小枝を踏みながら村田龍司に近付いていった。木は崖のすぐ近くまで生い茂っていた。森を出て崖に近寄ると目の前一杯に大海原が広がっていた。空は晴れ渡り、雲ひとつない快晴だった。陽の光を受けて海面がきらきらと輝いていた。ムラカミは爽やかな潮風を胸いっぱい吸い込んだ。

「海っていいですね。天気も良いし、泳ぎに行きたいなあ」

「ああ、この辺は自殺スポットだからよく仕事しに来るんだけど、良いところだよな。時間があったら泳いでもいいぞ」

 聞くんじゃなかったとムラカミは興醒めしつつ、気を取り直して村田の観察を始めた。村田は小太りで背も低く、冴えない中年男を具現化したような男だった。寂しくなった頭髪が、潮風を受けてそよそよと揺れていた。ヤマガミが腕時計を見ながらムラカミにこう言った。

「まだ死亡時刻までだいぶ時間あるな。適当に時間潰すか。ムラカミ、泳ぎに行ってくるか?」

 冗談じゃない、自殺スポットなんかで遊べるか。ムラカミはスンとした表情で答えた。

「いえ、大丈夫です。気が変わりました」

「そう?じゃあトランプでもするか。何やる?ババ抜き?ポーカー?」

 死神ってトランプするんだ、とムラカミは意外に思いながら、

「じゃあポーカーで」

 とヤマガミに言った。


 ヤマガミが手札を準備している後ろで、村田は足が疲れたのか座り込んだ。そして誰もいないと思ったのか独り言を言い出した。

「はあ…もう嫌だ。何でこんなことになっちまったんだ」

 悲しげな口調に、ムラカミは思わず同情した。一体どんな辛いことがあったのだろうと村田の人生に思いを馳せた。

「大山の野郎…。FXは儲かりますよーなんて言いやがって。大嘘つきめ。おかげで貯金も車もマンションもなくなったわ。娘の入学金もパチンコで全部使っちまったし死ぬしかねえよなあ」

 ムラカミは同情するのをやめた。配られた手札を見ながらヤマガミに言った。

「とんだクズ野郎ですね」

「根っからのギャンブラーなんだな。ああいうのは金持ちの遊びなのに、庶民が手を出すからこうなるんだよ。結構多いんだよな、株とかFXで失敗して自殺するヤツ」

「へえー」

 村田の独り言はまだ続いていた。

「ああー何もかもが嫌だ。仕事も家族も全部どうでもいい。もう死んでやる。俺なんか死んだ方がいいんだ」

「でけえ独り言だな、まったく」

 ヤマガミが不快そうに顔をしかめながら言った。ヤマガミは手札が良くなかったのか、手に持ったトランプを見ながらうーんと考え込んでいた。村田は膝を抱え、シクシクと泣き出した。その斜め後ろで、死神2人はあぐらをかいてポーカーに興じていた。ムラカミの手札は悪くなかったのだが、ヤマガミは相当な実力らしく、どんどん追い詰められていった。

「ヤマガミさん、強いですね」

 ムラカミに褒められ、ヤマガミは得意気に鼻をならした。

「まあな。死神って待機時間が長いから、昔は先輩とこうやってしょっちゅうポーカーとか色んなゲームして時間潰してたんだよ。こういうのは経験が物を言うんだ」

「なるほど?」

「お前も本とかなんか暇潰しのアイテム持ち歩いたほうがいいぞ。何もしないでボーッとするのも限界があるからな」

 ヤマガミがそういった時、ヤマガミの腕時計がピーピーと鳴り出した。

「お、時間だ。ポーカー終わり。仕事にかかろう」

「えー良いところだったのに」

「何言ってんだ。負けてただろ、お前」


 ヤマガミはトランプを片付け、村田の方へ歩いていった。村田はまだ膝を抱えて泣いていた。ムラカミも勝手に湧いてくる嫌な想像に胸をざわめかせながら、ヤマガミの後に続いた。





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