第7話 魂の回収

 2人の死神を乗せた車が住宅地を抜け、大通りに出た。

 ヤマガミは懐から双眼鏡のようなものを取り出し、それを両目に当てて何かを探すように歩道を見ていた。ムラカミは不思議に思ってヤマガミに聞いた。

「ヤマガミさん、何やってるんですか」

 ヤマガミは歩道を見ながら答えた。

「小坂親子を探してるんだよ。このスコープを使うと対象の名前とか生年月日とか情報が見えるんだ。死神の七つ道具の一つ。人違いはマズイからな、お前も召させる前はちゃんと確認しろよ」

 そう言われ、ムラカミは鞄をゴソゴソと漁った。底の方からヤマガミが使っているものと同じものが出てきた。それを使って試しに運転席の女性を見てみた。

 スコープの内部に女性が映し出されている。女性の周りに、『清水奈緒 19××年11月13日 享年68歳 身長161cm 血液型O RH + 体重59.5kg …』という文字が表示されていた。まだたくさんあったが、面倒臭いのでそれ以上は読むのをやめた。次にヤマガミを覗いてみると、こちらは何も情報が表示されなかった。ムラカミはちょっとガッカリしながらスコープを鞄にしまった。


 ヤマガミはスコープを両目に当て、独り言を言いながら親子を探していた。

「今日は人が少ないな。おかげですぐ見つかりそう…おっいたいた。左の歩道のあの親子だ」

 ヤマガミが指差す方を見ると、ネイビーのTシャツを着た男性とピンクのパーカーを着た女の子が手を繋いで歩道を歩いていた。公園で遊んだ帰りだろうか、男性は左腕にクッション製のボールを抱えていた。

「うん、ちょうど時間だな。順調、順調」

 ヤマガミは腕時計を確認し、上機嫌でそう言った。その隣で運転席の女性がうつらうつらし始めた。ムラカミは女性を叩き起こしたい衝動に駆られたが、そんなことをしたらヤマガミに何を言われるかわからなかったので、グッと堪えた。

 ムラカミは後部座席から身を乗り出してヤマガミに訊ねた。

「それで、ここからどうするんですか」

「こうするんだよ」

 ヤマガミは右手を伸ばし、ハンドルを握ってぐいと左の方に回した。

「えぇっ!?ちょっ、ああーっ!」

 ムラカミは思わず叫び声を上げた。

 車は猛スピードで歩道の小坂親子の方へ突っ込んだ。激しい衝撃と衝突音の後、車はブロック塀に追突して停止した。


 周りが静かになったのを感じ、ムラカミは恐る恐る目を開いた。運転席を見ると、清水奈緒はさすがに目を覚ましたようで、目の前の惨状を見て呆然としていた。

「何ボーッとしてんだ。外に出るぞ」

 ヤマガミはそういうと、割れたフロントガラスの隙間からすうっと外に出ていった。ムラカミもそうしようと思ったが、やり方が分からなかったので普通にドアを開けて外に出た。清水奈緒に気づかれるかと思ったが、彼女は前を見ながら呆然としたままだった。


 車とブロック塀に挟まれる形で、小坂東吾は息絶えていた。優はどこにいったのだろうと探すと車の下にいた。優も目や口から大量の血を流し、息絶えていた。目を覆いたくなるような酷い光景だったが、ヤマガミは平然としてこう言った。

「うまくいったな。後は魂を回収するだけだ」

 ヤマガミはそういうと、胸の辺りからプラスチックでできた筒状のものを取り出した。それをムラカミに見せながらこう言った。

「魂を一時保管するためのカプセルだ。これ一つで10個の魂を格納することができる。使い方は簡単だ。魂に近づけて蓋を開けるだけ」

「分かりました。それで魂はどこに…?」

「もうすぐ出てくるぞ、ほら」

 ヤマガミが目で小坂東吾を示した。ムラカミが目をやると、東吾の胸の辺りから眩い光を放つ球体が現れた。白い光の中に、チラチラとピンクや水色の光が現れ、万華鏡の中みたいだとムラカミは思った。ヤマガミは微笑みながらこう言った。

「あの光ってるのが魂だ。綺麗だろう?これを見ることができるのは死神の数少ない特権だな。さ、回収しなきゃ」

 ヤマガミはそういうと、カプセルの蓋を外して魂に近づけた。魂は掃除機に吸い込まれるように筒の中へ収まった。

「これでよし。小坂優は車の下か。ムラカミもやってみるか?」

 ヤマガミは車の下をちらっと覗き込んだ後、ムラカミにカプセルを渡した。

「はい、ありがとうございます」

 ムラカミはカプセルを受け取った。遺体は車の下なので、ムラカミは地面に這いつくばらなければならなかった。もしかしたらそれが嫌でヤマガミは自分にやらせたのかもしれないと思いつつ、ムラカミは小坂優に腕を伸ばした。


 小坂優の胸の辺りが輝いていた。東吾の魂は白い光だったが、優の魂はぼんぼりのような淡いピンクの光を放っていた。光は時々黄緑や黄色に変化した。ムラカミがカプセルを近付けると、優の魂もすぅっと中に吸い込まれていった。

 ムラカミはもぞもぞと車の下から這い出て、カプセルをヤマガミに返した。

「出来ました」

「よし。これが一連の流れだ。大体の要領は掴めたか?」

「はい。何となく…」

 ムラカミの曖昧な返事に、ヤマガミは満足そうに頷いてから指示書に目を落とした。

「そりゃよかった。まだまだ死にゆくものが大勢控えてるからな。次の現場行くぞ。例のものを出せ」

 例のものと言われても、ムラカミが分かるのはさっきのスコープかホール・ジェネレーターしかない。状況からいって後者だろうと、ムラカミは銀色の機械を取り出して見せた。

「これですか」

「そうそれ!分かってるじゃないの。さあワームホールを作ってくれ。さっきやったようにな。場所はここだ」

 ヤマガミは指示書の座標を指で示した。ムラカミはホール・ジェネレーターに座標を入力し、ヤマガミに合図した。

「準備完了です。行きますよ、ヤマガミさん」

「よっしゃ、いつでも来い」

 赤いボタンを押すと、以前と同じようにアラームが鳴り地面に白い十字が現れ、ボンッという音と共にワームホールが出来た。ワームホールは不安定ですぐ消えてしまうので、ヤマガミが我先にと穴へ飛び込んでいった。ムラカミも飛び込もうとしたが、すんでの所でヤマガミのアドバイスを思い出し、頭を打たないように足からワームホールに飛び込んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る