第6話 死出の旅

 わかばスーパーは交差点から程近い、歩いて10分弱の場所にあった。

 住宅地の中にある、庶民的なこぢんまりとしたスーパーだった。入り口の上の看板に、緑色の文字で大きく『わかばスーパー』と表記されていた。


「うん、ここで間違いない。よしムラカミ、東京ナンバー56の車を探せ。黄色の軽自動車だ」

「分かりました」

 駐車場には車が沢山停まっていたので、2人は手分けして探すことにした。しばらくして、ムラカミは入り口付近に黄色の軽自動車を発見した。ナンバープレートを確認すると、『東京あ・56』と表記されていた。おそらくこれだとムラカミは思い、遠くにいるヤマガミに呼び掛けた。

「ヤマガミさーん、ありましたー!」

「おー、そっちかー。今行くー」

 ヤマガミが駆け足でやって来た。そして車種とナンバープレートを確認して大きく頷いた。

「うん、これだな。そしたら持ち主が戻ってくるのを待とう。ソイツが車に乗るのに便乗して俺らもこの車に乗り込む。分かったか?」

「中には入れないんですか」

 ガラスに両手を置いて車内を覗きこみながらムラカミが聞いた。ヤマガミは指示書を今一度確認しながら疑問に答えた。

「俺らの身体はほぼ気体だからな。空気が通るところなら行けるんだが、基本的に固体をすり抜けることは出来ない」

「そうなんですか。じゃあ持ち主を待つしかないですね」

「そういうこと。時間的にもう2分もしたら来るだろう」


 ヤマガミとムラカミは車に寄り掛かって、持ち主の帰りを待った。ムラカミはずっと気になっていたことをヤマガミに尋ねた。

「俺、前世で何かやっちゃったみたいなんですけど、何をすると死神になるんですか?」

 そう聞かれ、ヤマガミは大きくため息をついて目を閉じた。

「さあなあ。それが分かれば苦労はしねえよ。俺も早くこんな仕事から足を洗いたいんだがね。何をやらかしちまったのかサッパリだよ」

「ヤマガミさんはどれぐらい死神をやってるんですか」

「かなり長いよ。もう10万人は召させたから」

「召させるって?」

「生き物を死なせることを召させるって言うんだ。殺すとか死なすより上品な響きで良いだろう」

 綺麗に言い換えてもやってることは変わらないじゃないかとムラカミは思ったが、口には出さないでおいた。

「召させる、か…。10万人て相当ですね」

「動物も含めるともっと多いかな?人だったらシリアルキラーとか言われるだろうな。俺らもやりたくてやってるわけじゃないんだけど」

 そう言うとヤマガミは自嘲的に笑った。


 ヤマガミの言う通り、2分後大きな買い物袋を持った女性が車に近付いてきた。女性は30台半ばぐらいで、顔は隈が目立ち、足の運びにも疲労が滲んでいた。運転席の横に立ち、上着のポケットから鍵を出して鍵穴に差し込んだ。すぐそばにヤマガミとムラカミが立っているが、女性は全く気が付いていない。ガチャ、という音がして車のドアが開いた。女性は移動し、後部座席のドアノブを開けた。ヤマガミがそれをみて顎をしゃくった。

「ムラカミくん、お先にどうぞ」

「あっ、はい。それじゃ失礼します」

 ムラカミは言われるがまま、後部座席に乗り込んだ。女性は買い物袋をムラカミの隣に置き、ドアを閉めた。運転席のドアを開けた。女性が運転席に乗り込むのと同時に霧状の何かが入ってくるのをムラカミは見た。霧状の何かは助手席の方に流れ、ヤマガミの姿になった。女性は相変わらず気が付いていない様子だった。


 ヤマガミはムラカミが乗っているのを確認すると、満足そうに頭の後ろで手を組んでふんぞりかった。

「よーし、乗り込み成功。いざ行かん、死出の旅へ」

 ヤマガミがそう言ったのをしってか知らずか、女性は車を発進させた。ムラカミはこの不運な女性を気の毒に思いつつ、どうにも出来ない不甲斐ない自分を情けなく思った。ムラカミは後部座席から、女性の手慣れたハンドルさばきを複雑な気持ちで見つめているしかなかった。

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