第3話 死神、降臨

 晴れ渡る空、奇妙なものを見つけた幼い子供が、空を指差してこう言った。


「ママー、見て。流れ星!」

 幼い我が子の突飛な発言に、笑いながら母親は応えた。

「こんな時間に流れ星は見えないよ。あれはきっと飛行機だね」

「ひこうきー?光っててきれいだね」

「そうねえ。きれいねえ」


 親子が見たそれは飛行機でも流れ星でもない。

 地上に落とされ、隕石よろしく摩擦熱で光り輝く死神の男である。


「うわあああああ!」


 めちゃくちゃな体勢になりながら、死神は悲鳴を上げ続けていた。雲を通り抜け、渡り鳥の群れにぶつかりそうなのを辛うじてかわした。どうにかしなくてはと気持ちは焦るが、無情にも地面がどんどん近付いてくる。

 自分の真下に固そうなアスファルトが広がっているのを見ながら、死神は絶望した。


 ヤバい、地面だ!叩きつけられる!!


 襲い来る衝撃を想像し、死神は眼をぎゅっと瞑った。が、予想は外れた。地面に衝突する寸前、死神は何者かに抱き止められた。

 死神が恐る恐る目を開けると、若干頭髪が寂しくなった、中年の男が死神をお姫様だっこの形で抱いていた。黒いネクタイに白のYシャツ、ブラックスーツを着た姿はお通夜に出席するサラリーマンを連想させた。中年の男は死神を見て顔をしかめ、こう言った。


「なんだ男かよ。空から降りてくるのは天使か美少女だって相場が決まってるだろうが。受け止めて損したわ」


 中年の男は舌打ちして死神を地面に放り投げた。死神は腰と背中をアスファルトに強かに打ち付けた。


「いてっ…何するんですか」

 乱雑な扱いに文句を言う死神を、中年の男は腕を組んで死神を見下ろしながら言った。

「何するんですかじゃない。さっさと立て。お前がここに来るって聞いて迎えに来てやったんだ」

 そう聞いて、死神はあの白いスーツを着た無慈悲な女性が言っていたことを思い出した。

「もしかして…貴方が僕の教育係の死神ですか」

「そうそう。俺はヤマガミ。お前が仕事に慣れるまで、俺がしばらくサポートすることになってる。よろしくな」

「はあ…よろしくお願いします」

「お前、名前は?」

「えっと…」

 死神は自分が何者だったか忘れていた。もちろん名前もだ。その様子を見てもヤマガミは特に訝るわけでもなく、平然としていた。

「胸ポケット見てみ」

 死神がポケットを探ると、中からカードケースのようなものが出てきた。蓋を開けると小さな紙がぎっしりと詰められていた。1枚取り出してみてみると、紙の左上に『日本生命管理協会 運命企画部5課 』とあり、紙の中央に『死神 ムラカミ』と書かれていた。


 日本生命管理協会…?ムラカミって俺のことか?


 死神の手元を覗きこみながらヤマガミが言った。

「ムラカミっていうのか。よろしくな、ムラカミ」

 やはりムラカミが自分の名前らしい、と死神は悟った。紙を見ながら、ヤマガミに尋ねた。

「これ何ですか」

「名刺。死神同士だけじゃなくて他の神との付き合いもあったりするからな。自己紹介の手間が省けていいだろう」


 死神って何かサラリーマンみたいだな。

 ムラカミがそう思った直後、背後に何かが大きな音を立てて落ちてきた。ムラカミが振り返ると、地面に若干めり込む形で黒い手提げ鞄が落ちていた。


「おっ来た、死神の七つ道具。その鞄拾え。お前のだぞ」

「はあ」


 言われるがまま、ムラカミは鞄を拾った。中を改めると見たこともない変な物が沢山入っていた。


「その鞄には仕事に必要な道具が入ってる。使い方はこれから教える。じゃあ早速仕事にかかるとするか」


 ヤマガミはスーツの懐からA4サイズの紙の束を取り出し、それを捲りながら歩き出した。ムラカミは置いていかれそうになり、慌ててヤマガミの後を追った。

 先程から展開が早い上にろくに説明もされないのを、ムラカミは内心憤りながら今は従うしかないと自分に言い聞かせた。これから始まる苦痛と危険が隣り合わせの日々を、ムラカミはまだ知る由もない。










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