第2話 見知らぬ部屋と女性
男が気がついた時、見知らぬ部屋の床に仰向けに横たわっている状態だった。
肘をついて身体を起こし、部屋を見渡した。部屋は8畳ほどの広さで、出入り口はなく、完全な密室状態だった。大きなテーブルと椅子が1つずつあるだけで、壁も床も全てが真っ白だった。男から見ての右手側に大きなはめ殺しの窓があり、そこから雲ひとつない青空が見えた。
なんだこの部屋は。出入り口がないのにどうやって俺を部屋に入れたんだ?
「私たちは4次元の生き物なので、出入り口は必要ないのですよ」
急に声がしたので男は驚いてそちらを見た。テーブルに女性が一人、椅子に座ってこちらを見ていた。長い髪が印象的な美しい女性だった。顔は若々しいが、謎の老成した空気感が漂い、年齢不詳であった。白いスーツのような服は厳かな喪服にも、華々しい礼服にも感じられた。
この女は誰だ?さっきまで誰もいなかったのに。どこから入ってきたんだ?
「私たちはあなた方人間より高次元の存在です。部屋に出入り口がなくても、部屋の中に入ることを想像するだけで良いのです」
男は何も口にしてはいなかったが、心を読んだかのように女性は話した。男は困惑しながら口を開いた。
「言っている意味がわからないのですが」
「あなたには少し難しかったかもしれません。でも特に理解する必要はないですよ」
女性は軽く咳払いをしてから、男に質問した。
「ここに来るまでのことは憶えていますか」
「長くて暗いトンネルを歩いていて、出口を見つけて川を渡ろうとしたら、川が急に大きくなって溺れて流されました」
「その前のことは?」
「分かりません。忘れました」
女性は両手を組んで机に肘をつき、ウンウンと頷きながら男の話を聞いた。
「簡潔に言いましょう。貴方は人間で、死んでしまったのです。渡ろうとした川は俗にいう三途の川です。川の向こう岸に花畑があったでしょう。あれが天国です」
「あれが三途の川…」
「そうです。普通だったらあの川を渡って天国に行くはずなんですが、貴方は生前罪を犯したので川を渡れず、今この部屋にいるというわけなのです」
突然の有罪宣告に、男は目を丸くした。
「えっ…罪ってなんですか」
「それは教えられません。規則なので」
女性はにべもなく言った。男は必死で食い下がった。
「それで…僕はどうなるんですか。どうしたら良いんですか」
女性は男をまっすぐ見据え、厳かにこう言い放った。
「罪を背負ったまま天国には行けません。貴方は前世のカルマを解消するために死神となって働かなくてはなりません」
「死神?」
「はい。死神となって生死と運命を見つめ、己の罪を思い出し悔い改めるのです。それが貴方が天国に行く唯一の方法です」
「他に方法はないんですか」
「ありません。嫌だというなら永遠に死神として天国に行けず、地上を彷徨うしかありません」
「永久に働くってことですか」
「その通りです」
勝手な話だ。
男はカッとなって女性に掴みかかろうとした。が、見えない壁のようなものに激突し、そのまま床にずるずると這いつくばった。その様を女性は微笑んで見ていた。男は反撃を諦め、よろよろと立ち上がった。せめてもの抵抗で女性を睨みつけながらこう言った。手が出せない以上、一旦は相手の要求を飲むしかなかった。
「分かりました。それしか方法がないなら頑張るしかないですね」
女性は理解してくれて嬉しいと言いたげににっこりと笑った。
「では早速今日から死神として働いてもらいましょう。しばらくは教育係の死神がついて貴方がやるべきことを教えてくれますので安心してください」
女性が言い終わるなり、床が消えた。男の足元から遥か先に雲と地上と海が見えた。
えっ!この部屋はどうやって作ったんだ。高層ビルなんてもんじゃない、上空何フィートもあるぞ!?このまま落ちたら絶対死ぬ。あれ?もう死んでるんだっけ?
「それではいってらっしゃい」
女性のその言葉を合図に、無慈悲にも男の体は地上めがけて急降下した。
「わあああああああ!」
男は絶叫と共に部屋から消えた。やがて悲鳴が聞こえなくなり、部屋の床が元に戻った。それを見届けて、一仕事終えた女性は微笑んで幻のように部屋から姿を消した。
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