15 ひとさらい
「菜月、マンションの掲示板見た?怖いよね。」
休日恒例の買い物から帰って来た後、
直斗とシューは二人で遊びに行ってしまった。
菜月と茜はお茶を飲みながら話をしていた。
「ええ、嫌な話よね。
こちらも何か見たら気を付けないと。」
それはマンションの掲示板に貼ってあったお知らせだ。
「最近、小さな子が人に連れられて離れた所で
見つけられる事件が数回起きています。
怪しい様子を見かけたら警察までご連絡下さい、
でしょ?」
菜月が嫌な顔をして言った。
「そうそう、わたしが聞いたのは近くに大きな国道があるのに、
その向こうで3歳ぐらいの子が一人で泣いているのを
見つけた人がいるんだよ。」
「怖かったのかな、
このあたりは車が多いから幼稚園ぐらいの子が
一人で歩いていると私でも大丈夫かなって見るよ。」
「うん、それで泣いていたら余計心配だよね。
それでわたしが聞いたのは
子どもはお兄さん達に連れられてこっちに来たって言ったらしいよ。」
「お兄さん達?複数なんだね。」
「でも子どもだからその歳までははっきり分からないって。」
「嫌な話だよね。」
「そうだねえ、わたしも子どもが生まれるから
そう言う話を聞くと心配になっちゃうよ。」
「だよね。」
危険な話だ。
だが二人にはまだ遠い話だ。
「ところで今日と明日連休だね。」
「シューと菜月は遊びに行けば?」
「うーん、どうしようかな。」
「電車とかバスとか。」
「それがね、最近シューはこの辺りをほっつき歩いてるのよ。」
「散歩じゃないの?」
「暇があるとうろうろしてるの。
最初は私も一緒に歩いたけどもう疲れちゃったよ。」
「健康のためには良いんじゃないの?」
「いやー、家で寝たい。もう私は若者には勝てん。」
「何言ってんだよ。」
と二人は笑った。
だが菜月は少しずつシューとの距離が取りたかったのだ。
その翌日の夕方、
「僕、周りを探索してくる。」
とシューが出掛ける準備を始めた。
「行ってらっしゃい。」
「えー、菜月も行こうよ。ここんとこ全然来ないじゃん。」
菜月は苦笑いをする。
「面倒くさーい。」
「ダメダメ、僕は一緒に行きたいんだよ。」
シューはじっと菜月を見ている。
彼女は仕方なく用意を始めた。
外に出ると夕方の景色が広がっている。
少しばかり冷えた風が吹く。
気持ちの良い黄昏だ。
二人はマンションから出てぶらぶら歩き出した。
菜月も最初は面倒な気がしたが、
歩き出すと気持ちが広々として来た。
「最近シューはずっと歩いているよね。」
「うん、色々な人がいて面白いよ。
特に今日は連休の最終日だろ?
みんな家に帰って来て
公園とか地元でみんな動いてるからさ、
なんか生活だなあと思って。」
と彼はにこにことしている。
彼にとっては物珍しいのだろう。
確かに公園では親子連れや子ども達が遊んでいる。
その時、菜月は公園の隅で小学生ぐらいの男の子が三人、
一人の幼い子と喋っているのを見た。
兄弟ならおかしな話ではない。
だが妙な違和感がある。
彼らが着ている服のデザインが小さな子と違い過ぎるのだ。
それに三人は子どもを取り囲むようにしている。
菜月はなぜかそれを見てとても嫌な感じがした。
「ねえ、シュー。」
菜月はシューにそっと話しかけた。
「あの隅で小さな子と喋っている三人の子、どう思う?」
シューは少し目で探すとすぐ彼らを見つけた。
「あの子達か。
うーん、何とも言えないけど年の離れた兄弟かな。」
「それはあり得る話だけど、
最近小さな子を離れた所に連れて行って
そのまま置いて行く話があるのよ。」
「置いて行くって放置するって事?」
「らしいの。
今のところ子どもが泣いているぐらいで
大きな事故は起きてないけど、
この辺りは大きな国道があって車が多いでしょ?
危ないから注意喚起のチラシがマンションに貼ってあったの。」
シューが難しい顔をする。
「あの子達を疑う訳じゃないけど、ちょっと様子を見るか。」
と二人は公園でベンチに座って彼らを見ていた。
すると一人が小さな子の手を持って歩き出した。
幼い子どもはきょろきょろして
大きな子はなぜかうっすらと笑っている。
するとシューがスマホを取り出した。
「あ、直斗、悪いんだけど至急の話。
大急ぎで近くの公園まで来てくれない?
子どもが連れてかれてるみたいなんだ。
スマホも持って茜も来られたら来てよ。」
電話を切るとシューは菜月を見た。
「変だよ。後を付けよう。」
その顔は真剣だった。
「うるせぇ、糞餓鬼!」
と乱れたちょんまげ頭の男が
隅に小さくなって泣いている小さな女の子に怒鳴った。
4、5歳のひどく痩せた子どもだ。
周りには数人男がいてにやにやと笑っていた。
男はその子の近くに寄ると顔を殴った。
「おいおい殺すなよ。」
「分かってるよ、だがむかつくな。」
女の子は殴られて呆然としている。
夕方近い午後、そこは人気のない廃屋のような一軒家だ。
周りには竹藪が広がっている。
「金持ちの店の餓鬼攫って来いって言っただろ。」
「だって兄貴、その家のそばにいたからさ。」
ぼそぼそと話す男の顔はしたたかに殴られたようで
形が変わっていた。
「どう見ても物乞いの子だろ、貧乏くさい着物着てるし。」
と兄貴と呼ばれた男は再びびくびくとしている男を殴った。
「まあこいつ、今回が初めてだからな、
見分けがつかなくても仕方ねえだろう。」
部屋の奥で甕に入った酒を直飲みしている男が
にやにやと笑いながら言った。
「それでも着てる物見りゃ分るだろう、
汚ったないだろ、馬鹿かお前は。」
「近くにいたし……、」
「なんにしてもこの餓鬼、金にならん、
帰すのも面倒だ、やっちまえ。」
と殴った男は攫って来た男に刃物を渡した。
受け取った男の顔色が変わる。
だが酒を飲んでいる男は笑っているだけだ。
刃物を持った男の顔がどす黒くなり、その手が震える。
女の子はただ茫然と座り込んでいるだけだ。
だがその時さっと青い光が周りに広がった。
するとそこにいる男達が白目をむいて急にばたばたと倒れた。
しばらくすると女の子がはっとする。
するとそこには光る男がいた。
「あ、兄ちゃん。」
女の子、しずは呟いた。
昔から何度も彼女の前に現れた男だ。
彼女は身を起して周りを見ると何人も男が倒れている。
彼女は思い出す。
町にいたら突然上から袋を被せられたのだ。
気が付いたらここにいた。
しずはぞっとした。
家の入り口辺りを見ると光る男が呼んでいる。
彼女はそろそろと立ち上がりそちらに向かい
そっと扉を開けて外に出た。
外は竹藪だ。夕方で薄暗い。
竹藪越しに昇りかけた大きな月が見えた。
通り過ぎる風がかさかさと竹の葉を揺らす。
秋も深い。しずは肌が寒さでちくちくとした。
そして光る男が前を歩いている。
彼女はふらふらと彼について行った。
そしてしばらくすると一軒の民家があった。
しずはふらふらとそちらに歩いて行くとその扉が開き、
そこの女房だろうか一人の女が桶をもって出て来た。
彼女はしずを見て一瞬立ち止まり、
「あ、あんたー!」
と叫んだ。
その声に驚いた亭主だろう、中から男が飛び出て来た。
そして二人でしずを見る。
しずはしばらくぽかんとしていたがやがて大声で泣き出した。
それを聞いて二人が正気に戻った。
「なんてこったい、こんな小さな子、ほとんど裸じゃないか、
寒いだろ、可哀想に。」
と女房が駆け寄り、肩にかけていた手ぬぐいをしずにかけた。
「おい、お前、そんなんじゃ駄目だ。
中に入れてやれ、ほら怖くないぞ、あったかい所に行こうな。」
と二人はしずをなだめて家に入れた。
女房がしずの体を清めて暖かい着物を着せている間、
亭主が難しい顔をして二人を見た。
「なあ、お嬢ちゃん、名前なんて言うんだ。」
しずが女房から貰ったおにぎりを食べながら亭主を見た。
その頬は腫れて真っ赤になっている。
「しず。」
「しずちゃんか、しずちゃん、どっから来た?
どこの家にいた?」
彼女は首をひねった。
「たけやぶ、」
亭主の顔が変わる。
そして女房に囁いた。
「この
今な、ひとさらいが町中で何件か起きているんだ。
こんぐらいの小さな子ばかりらしい。」
女房の顔が青くなった。
「この子、竹藪って言ったよね。」
「もう誰も住んでいないぼろぼろの家だがあそこだよな。」
亭主が立ち上がる。
「今から村長の所に行ってくる。しずちゃんを頼むな。」
「ああ、分かった。気を付けなよ。」
亭主がにやりと笑う。
そして女房はぽかんとしているしずを見た。
「なんでもないよ、ほっぺ痛いのかい?」
しずは頷く。
「さあ冷そうね、
それと口の中見せてごらん、おにぎり食べて痛かったかい?」
「痛かったけどおなか空いてた。」
女房がそれを聞いて笑った。
「そうかい、そうかい、もう大丈夫だからね。
安心しなよ。」
それを聞いてしずが少し笑った。
亭主の話を聞いて村の男達が急いで竹藪の家に行くと、
男達が気を失って倒れていた。
皆で縛り上げて大八車に乗せて村長の家まで連れて行ったが、
それでも気が付かない。
翌朝、知らせを聞いて役人がやって来た。
それでも男達は気を失ったままだ。
「結局二、三日そのままだったらしいぞ。」
「罰が当たったんだよ、馬鹿者が。」
女房が忌々し気に言った。
そのすぐそばにしずがいて彼女の着物の袖を握っている。
彼女は新しい子どもの着物を着ていたが、
その頬はまだ少し腫れていた。
亭主はしずを見た。
「しずちゃんに悪い事をした奴は全部捕まったぞ。
もう大丈夫だからな。」
女房がしゃがんでしずを見た。
「お父ちゃんが捕まえたんだよ。
お父ちゃんは凄いだろ。」
しずが少し遠慮がちに亭主を見た。
ついこの前男に怖い目に遭わされたのだ。
もしかすると男が怖いのかもしれない。
だが亭主の後ろにふっと光る男が現れた。
彼はにっこりと笑っている。
しずはそれを見て亭主にゆっくりと近づいた。
「お父ちゃん?」
しずは首を傾げて可愛らしい様子で亭主を見た。
彼ははっとする。
この夫婦には子どもがいなかった。
亭主も子どもからお父ちゃんと呼ばれたのは初めてだった。
「そうだよ。」
彼の胸に不思議な感情が湧いて来る。
彼は親鳥がひなを抱くようにそっとしずを抱いた。
女房はそれを見てなぜか泣いていた。
「ばかやろう、泣くんじゃねえよ。」
「何言ってんだい、あんただって。」
しずは頬を殴られた怪我だけで他には何もなかった。
そして結局しずの身元は分からなかった。
どうも事情を聴くと町中で物乞いの様な事をしていたらしい。
しずが一人でよちよちと歩いているのを見た人がいた。
もしかすると身内もいたかもしれないが、誰も言いに来なかった。
口減らしのつもりなのかもしれない。
しずは親から見捨てられたのだ。
「俺んとこで面倒見るよ。」
と最初に保護した亭主が言った。
その頃にはすっかりしずは二人に慣れていた。
それから三人は静かに仲良く暮らした。
だがある時流行り病が国を襲った。
この村も別ではなかった。
沢山の村人が亡くなりその中にあの三人がいた。
「仲良かったよ、本当の親子みたいだったなあ。
でもあのしずはちょっと変わっててな、
誰もいない所で一人で喋っている事があったよ。
大人になるとしなくなったがな。
でもあの子は若いのに死んじゃってなあ……。」
病が落ち着いた頃、思い出したように村人が言った。
彼の知り合いも何人も死んだ。
彼は淋しげに笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます