10 空襲




空には飛行機がいっぱい飛んでいた。

そこから光るものがどんどんと落とされている。

凄まじく恐ろしい音が周りに響いていた。


和子がいた工場にも爆弾が落とされた。

あちらこちらで炎が上がっている。

煙が立ち込め見通しが悪い。

様々な所から悲鳴や爆発音が聞こえる。

昼間なのに夕方のようだった。


「和子!川、川に逃げよう!」


友達が叫ぶ。

防空壕も行ったがその入り口は盛んに燃えていた。

多分中に逃げ込んだ人は無事ではないだろう。

和子は妹の清子と友人と川の方に逃げようとした。


その時だ、炎の方に光るものがある。

それを見てあの人だ、と和子は思った。


昔から度々彼女の前には光る男の人が現れた。

いつも優しく自分を見ている。

よく見るので小さな頃に母親にそれを言うと、

彼女は顔を青くして


「気色の悪い子だ。そんな事、人に言うんじゃねえよ。」


と張り倒された。

和子はそれは言っていけないのだと思い、

それから人に話した事はない。


だがそれでも彼はしばしば現れた。

特に戦争が始まってから彼は彼女の前に何度も出て来た。


市電に乗ろうとして待っていると、彼が現れて首を振った。

なので彼女は嫌な予感がしてその電車には乗らなかったのだ。

するとその先で空襲があり、市電が破壊された。

それは彼女が乗ろうとした市電だった。


その彼が今現れた。

炎の前で彼女を呼んでいた。


「みんな、違う、こっち、こっちに逃げよう!」


と和子が炎を指さした。

だが皆は恐ろし気な顔になる。


「怖いよ、焼けちゃうよ!水の所に逃げないと!」

「違う、こっち!清子!」

「ねぇちゃんの言う事なんか信用出来んよ!」


清子と友人達は和子に背を向けて走り出した。

一瞬和子は立ち竦む。

だが彼は真剣な顔で彼女を見ていた。


和子は皆に背を向けて炎に向かって走り出した。


恐ろしい景色だ。

真っ赤な火の中を息を止めて走り抜ける。


そしてはっと見るとそこには炎は無かった。


もう全て燃え尽きていて所々で黒い煙が立っているだけだった。

だが至る所で人のような真っ黒になったものがある。

彼女はしばらくそこで立っていたが、

力尽きたようにくたくたと崩れ落ちた。




「おい、しっかりしろ!」


和子が気が付くと国民服を着た男性が彼女を抱き起していた。


「大丈夫か!」

「ん、あ、はい……、」


周りは焼け焦げて真っ黒になっていた。

そこを何人もの人が走りまわっている。


「お前、あの工場の者だろ、

他にこちらに逃げた人はいないか。」


彼女はぼんやりとした頭で思い出す。


「あの、みんな川の方に……、」

「……、そうか。」

「あの、みんなは……。」


男性の顔が暗くなる。


「多くの者が川に逃げた。そこに爆撃が集中したんだ。

岸にいた者は全部やられた。

川に逃げた者も流されたりしたんだ。

あちらに逃げて生き残った者は……、」


結局和子の仲間は全員死んだ。

妹の清子も。


「お前だけ!清子は!お前が死ねば良かったんだ!」


母は和子を暴力を振るって責めた。

川方面ではない所に逃げようと言っても

みんなは行ってしまったと話しても聞いてくれなかった。


それから和子は刺々しい周りの視線を感じながら

息をひそめる様に生活をしていた。

そしてしばらくすると戦争は終わった。


そのすぐ後に和子はその街を離れた。

母親は戦争が終わっても延々と和子を責めたからだ。

父親はとうの昔に南方で戦死していた。

彼女の生まれた街にはもう何もないのだ。


そして日本は経済的に発展を遂げる。

そんな街の片隅に小さなスナックがあった。


「んなもん、ダメに決まってるだろ、

若い男の子飛行機に乗せてバーンってさ。

いっくらもう手がないとしても、

これから国を作っていく若い奴ぶっ殺してどうすんだよ。

誰が考えたか知らんけど

そいつが飛んでバーンすればよかったんだよ。

ともかく男も女も若い奴ばっか死んだね。

あたしの友達もみんな死んだよ。

戦争なんて碌な事ない。」


そこのママは酔うと戦争の話ばかりした。


その頃は戦争の傷跡は街中にはもうほとんどない。

もう戦後ではないと誰かが言った。


だが心の中に大きな傷を持つ人はまだいた。


和子もそうだ。

生き残ったのに非難されて街を離れた。

あの時どうして無理にでも清子や友達を

連れて行かなかったのか。


その後悔は心から離れることはなかった。


母親も今ではどうしているか分からない。

あれから一度も彼女は故郷には帰らなかった。


そしてその後も何度もあの光の男は現れた。

だが彼を見るとあの時の事を彼女は思い出した。


彼女は二度と光る男を直視出来なかった。

視界の片隅に光を感じながら知らん顔をしているだけだ。


彼女は結婚もせずたった一人で

小さなスナックのママとして生きて死んだ。






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