7 プラネタリウム
「ねぇ、菜月、プラネタリウムって何。」
シューがこの地区の広報を見ながら言った。
この街では毎月広報新聞が各世帯に配られる。
「こう言う紙の広報活動自体ボクの世界にはないからね。
面白いなあ。」
とシューは隅々まで見た。
「でもシューの世界でも
みんなに知らせなきゃいけない事はあるでしょ?」
「あるよ、そんな時は水に石を投げ込んだ時みたいに、
一瞬で波紋の様に全部に広がるよ。」
「言葉じゃないの?」
「その考えみたいな感じかな。
だから国ごとに言葉が違うとかないよ。」
「それよりさ、プラネタリウム、行こうよ。
プラネタリウムって何?」
シューが広報を見直す、
そこにプラネタリウムの情報が書いてあったのだ。
「この地球から見える星を映し出して説明してくれるのよ。」
「えっ、すごいじゃん。見に行きたい。」
菜月はちろりとシューを見る。
「でも宇宙人さん、宇宙ってよく知っているんじゃないの?」
「うん、知ってるよ。
でもボク達は違う次元だからね、そこでは距離ってないの。」
「えっ、」
「時間もないよ。だから菜月の前の人生の様子を見に行ける。」
菜月の口がぽかんと開いた。
「それにシューの世界だと意思の疎通も言葉じゃなくて
すぐに通じるんでしょ?」
「まあそうだね。」
「それって時間も距離も越えられて私からすると万能の世界にしか思えない。
そっちの方が平和で良いんじゃないの?
何をこの地球に調べに来ているの?」
「万能って、そうでもないみたいなんだよなあ。」
「もしウソを言ったら?」
ショーがふふと笑う。
「嘘なんてないよ。まず嘘がつけないし。
本当に思った事がそのまま通じるんだよ。」
菜月はため息をつく。
「その世界がうらやましい気がする。」
「そう?」
「だって嘘も裏切りもないじゃない。
みんな仲が良いって事でしょ?」
シューが首を傾げた。
「嘘とかはないけど、仲良しって訳じゃないよ。
仲が良いと言えば直斗や茜の方が平和で仲が良いよ。
あんな感じの二人だけで優しくしているのは
ボクがいた世界じゃないかも。」
「そうなの?」
「みんな一緒だけど相手に干渉しないしある意味個人主義だよ。
それにいわゆるカップルになるって事が無いから、
秘密は無いしまず二人っきりになれないよ。」
今度は菜月が首をひねった。
「みんな一緒って性別とか性格とか違うでしょ?」
「そう言うものはあるよ、
でも相手をいとおしむ感情はあるけど結婚するみたいな
二人だけで別に暮らすと言うのは無いよ。
ボクらの世界はある意味全ての精神生命体が
一つの塊みたいなものなんだよ。
誰かがなにかを考えるとそれはすぐ人に伝わる。」
菜月が考え込んだ。
「悪い事を考えても?」
「そうだよ。
嘘もそうだけどそんな事を考える人はいないんだ。」
「だったら全然良い世界じゃない。」
「そうなんだけどさ、直斗みたいにここに来たら
地球人になりたいって人がたまにいるんだよ。」
「肉体って不便よ、歳を取るし怪我や病気もする。どこが良いの?」
「だからボクはそれを調べに来たんだよ。」
「それで何か分かった?」
シューが笑う。
「まだよく分かんないな。
でも肉体と精神は別物なのは分かった。
心ではそう思っていても体は全然違う行動をする。」
それは何となく菜月も分かった。
「まあ、そうねえ。なぜか分からないけど。」
「だよね、それが不思議なんだ。
良いと思ったらそのまま言えば良いのに違う事を言うし。」
菜月はシューの言葉を思い出す。
シューの言葉はいつもまっすぐだ。
疑う事を知らない子どものようだ。
それは好ましいと菜月は思う。
だが、
「うーん、そうなんだけど、
そう出来ない事情があったりするから。」
「それがボクはよく分からないんだよなあ。
調べなきゃならない事ばっか。」
そしてシューは立ち上がる。
「行こうよ、プラネタリウム。面白そうじゃん。」
菜月の街のプラネタリウムはかなり大きい。
何年か前に改装をして椅子も立派で綺麗だった。
「改装してから一度も来てなかったわ。」
菜月が椅子に座って周りを見渡した。
昔来たのは小学校の遠足だ。
ずいぶん楽しかった憶えがある。
昔のプラネタリウムでは
終わりかけるとペールギュントの「朝」がかかった。
その時は聞いた事がある程度だったが、
大人になりそれがクラッシックの曲だと知った。
仮の地平線にはシルエットで街の景色があった。
その後ろの空には綺麗な朝焼けが見えて、
もう終わりなのかと淋しい気がしたのを思い出した。
プラネタリウムの空は球形のドームだ。
そのせいか音の響き方が違う気がする。
「不思議な感じがするところだねぇ。」
シューが椅子に座り上を見て言った。
少しばかり背もたれが倒れるようになっており、
上が見やすい構造になっている。
「昔はそんなに背が倒れなかったから
首が痛くなったんだよ。」
と子どもの頃に観に来たことを思い出した菜月が言った。
「真ん中の機械で空に星を映すのか。」
「そうよ。」
と言うと周りが薄暗くなる。
わくわくする感覚だ。
それを長い間菜月は忘れていた気がした。
暗闇に光が現れる。
それは一つ一つが太陽と同じ恒星だ。
銀河系にある星々はとてつもない数がある。
そして多分ほとんどの恒星に惑星があるはずだ。
その惑星には見た事もない世界が広がっているだろう。
そしてそこにも地球の様に生き物がいるかもしれない。
別の惑星に生き物がいる可能性は否定はされないだろう。
だがそこに地球人より高い文明を持ち、
この地球に現れたりUFOと呼ばれる未確認飛行物体は
否定されるかもしれない。
それは分からなくもない。
二人でプラネタリウムを見た後、
休憩所にある振り子を見に行った。
休日だからか人は結構いたが、ちょうど空いている時間だ。
天井から長いワイヤーでつるされている振り子が
ゆっくりと動いている。
地球が自転しているのでその軌道が一日で一周する。
そして時間が来ると小さな目印を倒すのだ。
「のんびりした実験だなあ。」
自販機でジュースを買ったシューがそれを飲みながら上を見た。
「でもこういうの好きだよ。じっと見ていたいね。」
「せっかちな人はいらいらするわね。」
「かもね。」
とシューが笑う。
「でもプラネタリウムは面白かったなあ。」
「あの星の中でシューのいる星はあるの?」
シューが首を振る。
「もう無いよ。」
「えっ、無いの?」
「うん、すごい昔にブラックホールに落ちた。」
シューは精神生命体だ。
今は仮の肉体はあるが元々は魂しかない。
「だからその高次元に逃げたと言うか避難?」
「まあそうかもしれないね。でもすごい昔だし。」
シューが指を上にあげてくるくると回した。
「この地球と同じ銀河にあったのは確かだよ。
だけど中心部にとても近い所にあった。
知ってる?銀河の中心には大きなブラックホールがあるんだよ。」
菜月は宇宙についてはそれほど詳しくはない。
それでもブラックホールは知っている。
「なんでも吸い込んじゃうんでしょ?」
「そうだよ、だから銀河は渦を巻いているんだ。
水が穴に流れ込むのに似てる。
この地球のある太陽系もそのうち吸い込まれるよ。」
菜月はぞっとした。
「怖いわね。」
「大丈夫だよ、その頃には人は絶滅してるよ。」
と彼はさらりと言って笑った。
「でもシューの星も吸い込まれて無くなったんでしょ?
絶滅しない様に精神だけになったって事?」
「生き物の一つの進化であると考えられてるよ。
まあ、ボク達みたいに精神的に進化して
高次の次元に移る生き物は物凄く少ない。
と言うかボク達しかいないかも。
他に見た事がないなあ。」
シューの種族は生き物の進化としては特別のようだ。
菜月は驚いたように彼を見た。
「でも茜のお父さんの会社には他の星の人もいるのよね?」
「いるよ。ボクと直斗以外はみんな体がある。」
「私達と何か違うとかあるの?」
「それがさあ、」
シューがにやりと笑った。
「あまり変わらないんだよ、不思議な事に。
少し顔立ちが違うから外国の人かな?みたいな感じだよ。
しかも地球の大気で全然問題がない。
体の作りも似ているから地球の物が食べられるんだ。」
「そうなの?SFとかだと見た目が爬虫類みたいとか
そんな宇宙人が出て来て全然違うじゃない。」
「そんなに違うのは多分遺伝子も違うと思うよ。
でもこの銀河から来た人は遺伝子構造がとても似てるんだよ。」
菜月の頭でぐるぐる知識が巡る。
「確か4種類の物質から作られている、なのよね。」
「そうそう。それでDNAのらせん構造の向きも一緒。
だからもしかしたら銀河の生き物と地球の人とか
ルーツは一緒かもしれないと言う説があるんだよ。」
「要するに先祖が一緒って事?」
「物凄い遠い、ね。
ボク達には体は無いけどどうやら地球人に近いものだったみたいだよ。」
「ならもしかしたら直斗さんが地球人になりたいって
先祖返りしたいみたいな感覚?」
シューがはっとする。
「本能的に肉体が懐かしいみたいな?」
「シューみたいな世界からだと退化する感じかもしれないけど、
人でも時々先祖返りみたいな現象があるのよ。
それは懐かしいという感じではないかもしれないけど、
体のどこかで大昔を覚えているのかなあと思うの。」
シューが腕組みをして考え出した。
その時振り子がこつりと目印を倒した。
「菜月、見た?」
「うん、見たよ。なんか得した気分ね。」
「だね。」
シューがふふと笑う。
「どこかで大昔を覚えているって
なんかそう言うのありそうな気がするなあ。
魂のどこかで絶対に忘れない何かってあるのかな。」
振り子はまた長い時間をかけて
次の目印を倒すのを目指しゆっくりと揺れている。
「そうね、絶対に忘れない何かってある気はするわ。
そしていつか思い出すのよ。」
「それは肉体があっても無くても忘れないのかな。」
「多分ね。
でもそう言う昔のことって調べられないの?」
「ボク達の星はもう無いし、
この世界にない物はもう調べられないんだよ。
地球はまだあるから昔の事は調べられる。
もしかして地球も自分の上で起きた事は全部覚えているのかもな。」
それは本当かどうかは分からない。
地球は人知を超えた何かの生物なのかもしれない。
菜月はシューを見た。
「ところで茜の会社ではどれぐらい別の星の人がいるの?」
「社員全部だよ。そんなに人数はいないけど。
それで時々就労支援の人が来るんだ。」
「そうなんだってね。茜にも聞いたよ。」
「うん、あそこは工場と言っても研究所なんだよ。
すごい特許を取っている精密機械とか作ってる。」
「そんなにすごいの?」
「まあちょっと裏があってさ。」
シューが彼女の耳元で囁く。
「他の星の人は科学が進んでるだろ、
だからそれをちょこっとだけ使って変わったものを作ってる。
いわゆるオーバーテクノロジー。」
「それってまずいんじゃないの?」
「だから本当に少しだけ利用して変わった物を作っているんだよ。
少しは美味しい所がないと大川の親父さんも
受け入れるって面倒くさい事しないよ。
親父さんも学者肌だから面白がって研究してるよ。」
「それって妙な所に知られたらかなりヤバいんじゃないの?
悪用されたらどうするのよ。」
「ヤバいよ、そこのところは上手にバランスを取って、ってこと。
でも菜月も秘密にしておかないとどんな目に遭うか分からないよ。」
菜月の顔が青くなる。
それを見てシューが笑った。
「大丈夫だよ、
そうならない様にボクが菜月を守るよ。絶対に。」
菜月はシューを見た。
彼は優しく微笑んでいる。
「絶対?」
「うん、絶対。
ねえ、菜月、展示物も見ようよ。
ここはボクは大好きだなあ。面白いよね。」
と彼は立ち上がると菜月を見た。
「そうね、行こうか。」
と菜月も彼を見た。
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