6 リフオーム
「ボクがベッドで寝て良いの?」
夜になって菜月がシューに、
「シューはベッドで寝て良いよ。」
と言ったのだ。
「菜月は布団だけどベッドでいつも寝ていたんじゃない?」
「そうだけど……、」
シューの言う通りだったが、
つい先日このベッドで元カレと知らない女がいたのだ。
それを考えると腹が立ち気持ちが悪い。
だがそのベッドにシューが寝て良いと言う自分の発言も、
よくよく思い返すととただ彼に押し付けているだけだ。
卑怯な言い方かもしれない。
「ごめん、このベッドそのうち買い替えるつもりなの。
その、ここで……、」
シューが何かに気が付いた顔をした。
「ああ、分かった、
ここで元カレと女の人が交尾していたからだね。」
「こ……、」
あまりにもあけすけなシューの言葉だ。
彼はあっけらかんとした顔をしている。
「自分の縄張りを荒らされたようなものだから
菜月も気分が悪いよね。」
「ナワバリ……、」
確かにそうなのだ。
そうだが、
「シューはもう少しデリカシーのある言葉を選んで欲しいかも。」
菜月が少し怒った声で言った。
「デリカシー?」
「その、言っている事は間違っていないけど、
交尾とか縄張りとか。
ここはナワバリじゃなくて私の家よね。」
シューが申し訳ない顔をする。
「ごめん、ボクまだよく分からなくてさ、
でも自分の場所で嫌な事をされたと言うのは分かるよ。
それでベッドは変えるの?」
「うん、そのつもりだけど、布団は一つしかないから
シューの寝る場所はベッドしかないの。
悪いけど私はもうそのベッドでは寝たくない。」
シューが頷いた。
「分かったよ。
はっきり言ってもらった方が分かりやすいな。
ならボクは気にしないからベッドで寝るよ。」
菜月はそれを聞いてほっとした。
「それで菜月は新しいベッドを買うの?」
「うーん、どうしようかな。布団でも良いけど。」
そして菜月は周りを見渡した。
「本当はこの部屋を模様替えしたいのよ。
なんか今までのもやもやしたものを変えたいと言うか。
気分を変えたいの。」
シューはそれを聞いて大きく頷いた。
「そう言うものもきっと精神の安定に繋がっているんだろうな。
周りの物質を別の物に変えるのも。」
そして彼はスマホを持った。
「あ、直斗?
菜月が部屋の模様替えをしたいんだって。
今までの気分を変えたいらしいんだ。」
「ちょっとシュー、直斗さんは関係ないじゃない。」
シューがにやにやしながら菜月を見た。
「うん、お店に行きたいから車を出して欲しいんだ。
明日行けるかな?
それとこれもどう菜月が変化するか経過を見たいんだよ。
だから必要経費として申請したいんだけど。
……うん、そうだよ。」
菜月はぽかんとした表情でシューを見ている。
してしばらくすると電話は終わった。
そしてシューが彼女を見た。
「必要経費で落ちる事になったよ。
明日直斗が一緒に家具を見に行くって。
でも高いものはダメだって。それで何が欲しいの?」
「あ、あの、どういう事?」
シューが不思議そうに彼女を見た。
「新しい家具はボクがお金を出すよ。
ここに居候するし、
ボクの研究の一環として菜月の変化が見たい。」
「……それって私が観測対象だから?」
それは菜月にとっては少しばかり複雑な気持ちだ。
「ちょっとそれもある。
でも菜月の気持ちも分かるよ。
あまり考えずにこの際全部忘れてさっぱりさせなよ。」
とシューはにっこりと笑った。
「それで菜月は何を買い替えたいの?」
菜月はまた少しばかり躊躇があったが、
シューの言葉も確かにそうかもしれないと思った。
「あの、ベッドとソファーとタンス……、」
ベッドはもちろんあの事があったからだ。
ソファーは元カレがいつもゴロゴロと横になって
テレビを見たりゲームをしていた。
タンスはあの男の服がパンパンに入っていた。
服だけは相手に渡したから今はほとんど空だ。
どれもこれも菜月が買ったものだ。
皆安物だがそれなりに思い入れはあった。
だがあの男が触れたものと思うと、もう見たくない気持ちはあった。
「シュー、ゲーム機とソフトも売りたい。CDも。マンガも。」
するとシューの顔が少し変わる。
「あの、ゲーム機とマンガは、その、ボクが使いたいし読みたい。」
「えっ、欲しいの?」
「うん。」
まるで子どものようににこにこと笑うシューだ。
しばらく呆れたように菜月は見ていたが、
男の子が言いそうな事なので妙に可笑しくなり
そのうちくすくすと笑い出した。
「えっ、なんか変かな?」
「変じゃないけどそんなものかなって。」
「そんなものってどういう事なの?」
「良いよ、シューにあげる。
色々と助けてくれるからそのお代よ。」
「じゃあボクが持っていて良いんだね。」
シューが嬉しそうに笑った。
「実はさ、この体を貰った時に
菜月が起きる前にゲームをしていたんだ。」
「そうなの?」
「ゲーム機をつけたら前のデータが残っていたから
全部消したよ。」
シューがあっけらかんと言った。
「消したの?全部?」
「そうだよ。やっぱり一から始めたいからね。
ネットに繋ぐアカウントは菜月みたいだったから
そのままにしてあるよ。」
あの男は時間をかけて一生懸命ゲームをしていた。
そのデータをシューはさっぱりと消したのだ。
菜月はふふと笑った。
「シュー、その話で私はかなりすっきりしたわ。」
「え、どう言う事?」
「シューはシューで私の気分を変えたのよ。」
シューは不思議そうな顔をした。
「明日、直斗さんが連れて行ってくれるんでしょ?
今回も甘えちゃおうかな。」
「うん、そうしなよ。」
翌日直斗の運転で皆は家具屋に来た。
皆でわいわいと物を選ぶのはとても楽しかった。
こんな風に皆で買い物をしたことは菜月は無かった。
「直斗さん、茜も付き合ってくれてありがとう。」
家に帰り、菜月は二人に礼を言った。
「良いよ、こっちも楽しかったし。
見ていたらこっちも色々と欲しくなったよ。」
茜が笑う。
「こっちは菜月さんに何も言わずに
シューを預けちゃったからな。
まあこれはある意味謝礼だと思ってよ。」
直斗が言う。
「ボクもそれなりに菜月の手助けをしてるよ。」
「それは当たり前でしょ?
シューは押しかけの居候なんだから。
菜月も仕事をしてるし家事とかするのは当たり前。
菜月、シューをせいぜい使いなよ。」
茜が葉月を見ると彼女は苦笑いをした。
「シューは色々とやってくれてるわ。
料理も美味いし。茜が教えたんでしょ?」
「まあそれなりにね。
でも役に立っているのなら良かったよ。」
二人は帰って行った。
シューが菜月を見る。
「菜月ももっと高い物を買えば良かったのに。」
「だめよ、そんなのは。」
菜月が首を振る。
「買ってもらえるだけでもありがたいのに、
贅沢なんて言っちゃだめ。
古い家具は下取りしてくれるし、
そこそこの物を選んだから私は満足してるわよ。
マンションのローンも残っているから本当に助かるわ。」
「ローンって借金?」
「ええ、貯金である程度払ったけど少し借りたのよ。
だから真面目に働いてコツコツ返すの。
それでもあと何年かで返せるわ。」
シューが複雑な顔をした。
「その、ボクが来て負担になる?」
「ならないわよ。食費は私の分も出してくれるんでしょ?」
「他の物も出すから言ってね。」
菜月が彼を見た。
「食費だけでも助かるけど、シューもお金が必要なんじゃないの?」
「それなりにいるけどボクも働くから。」
菜月は思い出す。
シューは茜の父親の会社で働くのだ。
「茜のお父さんの会社だよね。」
「そうだよ。
そこでボクは営業をするんだよ。
この前先輩に着いて行って様子を見て来た。
仕事場のみんなは優しいし、仕事先で人と話せるのも楽しみだ。
それでお給料をもらえるし、直斗に申請すれば研究費も出る。
今回はそこから出てるんだよ。」
それは菜月も何となく分かった。
シューは素直で嫌味が無いのだ。
人当たりも良い。
営業と言う仕事は合っていると思った。
「色々な人に会えるから面白いね。」
とシューは笑った。
今回の買い物もシューにとっては定点観測の一つなのだろう。
菜月は正直観察されるのはあまりいい気分ではないが、
それでもシューにとっては大事な事なのだろう。
「ねえ、菜月お腹減ったよ、ご飯食べよう。」
「そ、そうね。」
「ボク作るよ。
ボクは料理を作るのは好きだな。何が食べたい?」
シューが明るい顔で菜月を見た。
彼には嘘がない。
「そうねえ……、」
思わぬ同居人としては最高だろう。
そのうち新しい家具も来る。
厄落としてはとても幸先が良いかもしれない。
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