5 買い物




訳も分からず菜月は出かける準備を始めた。

すっかりシューのペースだ。


何しろ彼はずっと上機嫌なのだ。

全てにおいて彼にとっては初体験らしい。

ずっと興奮状態だ。


「菜月、直斗が車を出してくれるって。

モールに行こう、ショッピングモール。」

「えっ、」


それでシューが少し難しい顔をした。


「あのさ、菜月、さっきからなんかここが

ちくちくするんだけど。」


と彼がお腹をさする。

食事の後だ。彼女ははっとする。


「ト、トイレ、直斗さんとか朝トイレに入っていなかった?」

「あっ、そう言えば、」

「座って終わったらペーパーで拭くのよ。」

「丸い紙だよね。ちぎるんだよね。」

「早く早く!使ったら流すのよ。」

「はーい。」


シューは素直にそちらに向かう。

菜月はため息をついたが、何となく可笑しくなって来た。


「半分ぐらい何も知らない赤ちゃんと思った方が良いのか。」


やがて水音と共にシューがやって来た。


「すっごいね!」


思わず菜月が笑い出した。


「えっ、なんか変だった?」

「変じゃないけど、なんか私もシューはすっごいなと思った。」


シューが恥ずかしそうに笑った。


「そう言えば前に直斗からトイレの使い方は教わったけど、

おなかが痛くなるのは聞いていなかったからさ。

肉体はそうなんだね。」

「そうよ、それは体からのシグナルよ。

トイレに行きたいぐらいは済ませてしまえば平気だけど。

怪我をしたり病気の時に痛いとか苦しいは

気を付けた方が良いわよ。」


シューははっとした顔をした。


「そう言えば菜月は病院に行く前はふらふらしてたよね。

顔色も今と違った。

あの時苦しかったの?」

「そうね、あの時は辛かったわ。」


菜月が少し寂しそうな顔になる。

それをちらとシューが見た。


「今は綺麗な顔をしている。」


菜月が彼を見た。


「またぁ……。」

「いや、ホントだよ。

今の菜月の方がボクは好きだなあ。」


シューはにこにこと菜月を見た。

彼の好きと言うのはどちらかと言うと

子どもが肉親や友達に言うのに近いのかもしれない。

恋愛感情ではないのだ。

とても素直な「好き」なのだ。


その時、玄関で呼び出しベルが鳴る。


「あっ、多分直斗だよ、菜月行こう。」


彼はにっこりと笑った。




「休みになると遊びがてらよく行くんだよ。」


助手席にいる茜が言った。

運転は直斗がしている。


「そうだね、ボクも一緒に行ったけど

あの時は見てるだけだったからなあ。」


後部座席にいるシューが嬉しそうに言った。


「でもシュー、あんまりはしゃいだら駄目だよ。」


茜が少し怖い顔をして言った。


「菜月、シューはどうだった?調子に乗ってない?」

「あ、その……、」


菜月の様子を見て茜がため息をついた。


「やっぱりね、だから言ったじゃない、

ちょっと押さえなさいよって。」

「でも、面白いからさあ。」


シューが少し口をとがらせて言った。

直斗がははと笑った。


「俺も覚えがあるよ、ともかく何もかもが面白かったからな。

菜月さん、悪いなあ。」


菜月がちろりとシューを見た。


「でも何となく可愛いですよ、赤ちゃんみたい。」

「赤ちゃん?人の幼体だよね。

ボクは体は大人だけどそれでも幼体なの?」


皆は思わず笑う。

だがシューはなぜ笑われたのか分からず

きょとんとした顔になった。


「ボク、変なこと言った?」

「いやいや、まあ言ってないよ。でも少し押さえろ。」


直斗が笑いながら言った。


「ところで菜月は運転免許は持っていないの?」


茜が後ろを見た。


「持っているけど車が無いから。」

「菜月、運転できるの?」


シューが驚いたように言った。


「凄いよ、直斗や茜が運転しているのを見て

凄いと思ったけど、菜月も出来るんだ。手と足を使うんだろ?」


彼の目がきらきらとしている。


「シュー、車とか自分で運転できるものは面白いぞ。

物理的に移動するから大変で時間はかかるが、

運転している間は乗っている人とずっと一緒にいられる。

ドライブと言うんだ。楽しいぞ。」

「茜ともドライブしたの?」


シューが聞くとバックミラーの直斗の目が笑う。


「ああ、茜とドライブしたいから免許を取ったんだ。」


やがて皆はモールについた。

待ち合わせの時間を決めてそれぞれ別の所に向かった。


直斗と茜は手を繋いで歩いて行く。

それを菜月とシューはその後ろ姿を見送った。

シューがちらと菜月を見た。


「あの、手って繋ぐのは夫婦だけ?」


もしかすると彼は不安なのかもしれない。

菜月は少し迷ったが、


「繋ぎたい?」

「……、うん。」


彼女は手を差し出す。


「服が買いたいんでしょ?」


彼の顔がぱっと明るくなった。


「そう。一緒に選んでくれる?」

「良いわよ。」


彼は見た目は大人でも心は小さな子どもなのだ。

知らない世界に来て分からない事が多過ぎる。

それは教えてあげないとシューが可哀想だと菜月は思った。


だが繋いだ彼の手は大きく温かい。


勘違いしてはいけないと彼女は思った。

だがその手の感触は彼女にはとても心地良かった。






買い物帰りに菜月は茜にケーキボックスを差し出した。


「今日はありがとうございました。

これ直斗さんと茜で食べて。」

「えっ、なに。」

「シュークリーム。」

「別にいいのに。」


車から今日買ったものをシューと直斗が運んでいる。

それを二人は見ながら、


「お礼と言う意味もあるけど、

シューがシュークリームを見て

ボクと同じ名前だって言って直斗と茜に買うって。」


それを聞いて茜が荷物を持っているシューを見て笑った。


「子どもみたいだよね。」


菜月も少し笑って言った。


「もうホント。」


するとシューが菜月に寄って来た。


「直斗がバッティングセンターに行こうって。

荷物は運んだから行って良い?」

「良いよ。」


直斗が車のそばで手を振っている。

菜月と茜が手を振り返して二人は車で出かけて行った。


「ねえ、家でシュークリーム食べようよ。

菜月の分も買って来たんでしょ?」

「ええ。」

「色々話もしたいし。」


と二人はエレベーターに乗った。




菜月が荷物を片付けていると茜がやって来た。


彼女達が買った荷物はそれほど多くなかった。

今日買い物に誘ってくれたのは

多分こちらの方が荷物が多いので気を使ったのだろう。

シューの身の回りの物を買う予定だったからだ。

大川家が車を出してくれて菜月は助かったのだ。

菜月は急いで荷物を片付けるとお茶の用意を始めた。


「ごめん、急がせた?」

「ううん、でももう少しで片付けは済むから

茜、お茶を入れてくれる?」

「OK。」


茜は最初から気さくな感じだった。

菜月は元々どことなくガードが堅い所がある。

だからなかなか人と慣れないのだ。

だが茜とは早いうちから親しくなれた気がした。


「でも今日はわざわざ車を出してくれたんでしょ?」


菜月が椅子に座ると茜に聞いた。


「買い物は確かにあったけど、

まあホームステイのシューの面倒を菜月に押し付けたからね。」

「ホームステイ……、確かに。」

「どうしてもシューが菜月が良いと言ったんだよ。

話を通してからと言ったんだけど、

ともかく早く菜月のそばに行きたかったみたい。」

「朝起きたら正座してこっちを覗き込んでたの。

びっくりしたわ。」

「びっくりするよね、それは。」


と茜がははと笑った。


「ところで茜も私みたいにシューみたいなものが見えたんだよね。」

「うん。」

「どうして見えるんだろうね、体質みたいなものかなあ。」

「霊体質みたいなものかなあ。

でも直斗と知り合ってから分かったけど、

幽霊は見えてないんだよね。

だから霊体質でなく、わたし達は宇宙人が見える体質と言うか。」

「霊と精神体とは違うって事かな?」

「多分ね。幽霊は死んでいる人だけど直斗達は生きてるし。」

「そうだね。」


茜がシュークリームにかぶりついた。


「わたしの実家は大川精密機械と言う町工場なんだよ。

ここから近い所にあるよ。

それでちょっと変った物を作ってる。」

「そうなの。」

「それで地球に来た宇宙人の人達の就労支援をしてる。」

「えっ……。」


茜がにやりと笑った。


「う、宇宙人ってそんなにいるの?」

「沢山じゃないけどね。

シューみたいな人もいれば、地球人とほとんど変わらない人もいる。

そう言う人が地球に慣れるためにうちの工場で働くんだよ。」

「どうして茜の実家がそんな事を。」

「わたしがそう言うのが見えたからだよ。」


茜が外を見た。

とてもいい天気だ。


「わたしも子どもの時からシューみたいな人が時々見えたんだよ。

それは幽霊だと思ってすごく怖くてさ、親に言っても鼻で笑うだけだった。

自分は変な人間だとずっと思っていたよ。

それで親父は理系で頭が固い職人みたいな人でさ、

頑固でわたしと全然合わなくて、」


茜が菜月を見た。


「わたしね、結構無茶苦茶してた。

何しても面白くなくてさ、

当てつけみたいに悪い事をして色々な男と付き合ってた。

家にも全然帰らなかったよ。」


菜月の目が丸くなる。

今の茜は気の良いしっかり者のイメージだ。


「菜月はそう言うの嫌かな?」

「……嫌と言うか今はそんな感じが全然ないから。」


茜がふふと笑った。


「それで荒れまくった結果、ある時警察のお世話になって

親父にしたたかに殴られて家に戻ったんだ。

そうしたら工場の雰囲気が変わってた。

そして親父の後ろに直斗がいたんだ。」

「直斗さん、まだ地球人じゃない時だよね。」

「うん。それでわたしはビビりまくっちゃって。

それで親父から話を聞いたら極秘の任務を受けていると。」

「その就労支援?」

「そう。それでわたしが見ていた幽霊みたいなものは

宇宙人だったんだよ。

それで親父には私が戻る少し前に極秘の話があったらしいんだ。

その時にわたしが幽霊が見えると言っていた事を思い出したらしくて、

あれは本当だったんだと気が付いたんだって。

それでお前が言っていたのは嘘じゃなかった、悪かったと

親父が頭を下げたんだよ。」


菜月が笑った。


「仲直りしたんだ。」

「そうだよ、でもこれって本当に秘密の話だからね。

菜月はシューと関りが出来たから話したんだよ。

だから誰にも言っちゃだめ。」

「うん、分かった。」

「それで親父の所で真面目に働き出したんだよ。

それで直斗がいつの間にか体を貰って直斗の案内役とか指導とかしてた。」


菜月がにやりと笑う。


「それで直斗さんと仲良くなったの?」


茜が少し恥ずかしそうな顔になる。


「そう。元々直斗は地球の動物を調べに来たんだよ。

それで水族館とか動物園とか山とか海とか色々行ったんだ。」

「もろにデートコースじゃない。」

「ふふ、確かに。

それで一年ぐらい経ったら自分の世界に帰ると言い出して、

どうするのかなと思ったら戻って来た。

あの……、わたしと離れたくないって。」


茜が少し赤くなる。


「ごちそうさまだね。」


と菜月は笑った。


「それで日本人として戸籍を貰って結婚して、

親父と一緒に働いてるよ。

その仕事と並行して地球に来た人の支援をしてる。

直斗はわたしと結婚したから

普通の生活を知るためのホームステイを受け入れている感じ。

最初親と同居していたけど別に住んだ方が良いかもと

このマンションに引っ越して来たんだよ。

それからわたしは在宅ワークみたいな感じでシューの面倒を見てた。

だから菜月にあんな事があった時は家にいたんだよ。」

「引っ越して来たのは半年前だよね。」

「そうそう、それで菜月の様子を見て

菜月には見えているんじゃないかってみんなで話してたの。」

「そうなの?」

「だって挨拶に言ったら直斗の後ろを見てたじゃん。

後からシューが目が合ったって騒いでた。」


菜月はその時の事を思い出す。


「あの時はぞっとしたのよ。幽霊だ、また見えたって。

だからそれからなるべく会わない様に避けてた。」

「そんな感じだったね。

でもあの時にシューは観測対象を菜月に決めたんだよ。」

「そうなの?全然気が付かなかった。」

「だってこのマンションに引っ越していきなりお隣が

見える人らしいってすごいよね。

わたしが運命じゃない?って言ったらシューがすごく乗り気になってね。

でもわたしは何を調べているのかはあまり知らないんだ。

人の魂、精神と肉体を調べるとは聞いたけど。

でも正直よく分からない。」

「魂……、」


菜月もどう言う事なのかよく分からなかった。


「シューは肉体と精神のバランスをとるのは難しいのに、

地球人は両方持っていてすごいって言ってたわ。

なんか当たり前の気がするんだけど、

シューみたいな精神生命体だとびっくりする事なのかも。」

「でもそのバランスをとるのは難しいよね。

わたしも親とうまく行っていない時があったけど、

あれはどう考えてもバランス取れてなかった。」

「でも今は取れているんじゃない?」

「そうだね、それも直斗のおかげだと思う。

わたしは馬鹿やっていたからそれでも良いのって言ったら、

だから良いんだよって言われた。」

「?」

「そう言う人は苦労しているから優しいって。」


菜月ははっとして、そして微笑んだ。


「すごいね。直斗さん。」

「でしょ。」

「茜もすごいよ。隠さず話したんでしょ?」

「直斗が俺達の世界は隠してもすぐ分かる。

だから茜も正直に話して欲しいと言ったから、

嫌われてもいいやって全部話したの。」

「それで結婚したんだ。」

「もう隠し事ないし。

親父とも仲良くしてくれているし、

言う事なしだよ。」


菜月は少しため息をついて茜を見た、


「なんか羨ましい。

私もあんな男に引っかかったから。」

「もう済んだ話だよ。

わたしから見たらあんなの軽い軽い。」


茜がからからと笑った。


「だからわたしはずっと負け試合だったけど、

直斗と言う一発逆転ホームランを打ったと思ってる。

それと同じで菜月もどこかで打てるはずだよ。

でもちゃんとそれを見つけないとだめだよ。

チャンスを掴めってやつ。」

「見つけられるかな。」

「さあねぇ。」

「あ、茜の無責任発言。」


茜が笑うと電話がかかって来た。


「ああ、直斗……、」


しばらく茜が直斗と喋っている。

そして茜を見た。


「晩御飯、お弁当買って来てくれるって。

何が良い?」

「あ、じゃあ唐揚げのお弁当が良いな。」

「直斗、菜月は唐揚げだって、わたしも同じものをお願い。」


と言って電話が切れた。


「じゃあ、私が汁物を作るよ。食べて行って。」

「ホント?ありがとー。」

「今日のお礼。」

「良いのにと言いつつ、ごちになります。」


茜の人柄もあるのかもしれないが、

知り合ってそんなに経っていないのに

このように軽口を叩けるような間柄になることは

菜月には今までなかった。

少しずつ自分の周りが変わり、

自分自身も変わる予感がしていた。






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