仕者
本田遠島
仕者
モーリスが先にコンクリートの洞窟から外へ出た。2、30の竜巻を伴った吹雪は去ったがまだ秒速20m前後の風は吹いている。
「君でも大丈夫だ、ミチル」わたしより大型の彼が呼ぶ。避難から3時間経ち、晴れない雲の色で太陽がそろそろ沈むのがわかった。雷音が遠ざかっていく。
「今なら氷の上でも追跡できる。急ぎましょう」硬度スキャンを作動する。踏み固められた5cmの厚み、あの足の形が視覚野の下半分に映るのを視認して、モーリスに方向を指した。 「キューは止まらず進んでいる? さらに3時間遅れたな」
「嵐も南西へ進んでいるから、読み間違うことはないわ」
11月でも昼を体験できそうにないほど空にはみっしりと雲が顫動していた。それでも南半球は比較的汚染されてはなく、生物として、逃げるなら、極限まで南へ向かうはず。わたし達は調査任務を受け、そして根拠のない予感が当たった。 南米大陸の端、緯度45度線に沿って櫛をかける単純な作業。
山脈の麓をなぞり砂漠を越えて、歩行跡を発見してから150時間。雪と塵の層の僅か10cm下、三つの瘤を先端にした足の形。モーリスが現状を中継局に符号電信した。「ロボットはこの環境で二足歩行はしない。人だ」
「人以外でも……動物なら、外来種でもいい。わたしたちではない’The Cue’」
断崖の端で左右の足跡が揃い、その先の板状に重なり合った海氷へ降りていっただろうとわたしたちの推測は一致した。おそらくキングジョージ島、さらに南極まで氷の橋がかかっている。ここまでに氷河と陸地を迂回せずまっすぐ南上している、ホバーか何か?
ただ……「モーリス、あなたの重量で踏破は」
「ここで中継局になる。最後にチャージしていけ。君だけでも、ホバーを抑えれば240時間は活動できる。ミチル、停止の指示を聞いてきてくれ」
「まだ動けと言われる可能性もあるわ」彼から苦笑の信号が届く。「もういいはずだ。ここで終わりたいね」
浮き上がり、彼に振り返った。戦争(データからの類推ではそうにしかならない)が止まってから約500日。ふたりのレール痕だけが雪原に伸びていた。
(了)
仕者 本田遠島 @hondaento
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