いつもと変わらない目覚めの朝に
朏猫(ミカヅキネコ)
いつもと変わらない目覚めの朝に
「随分寒くなってきたなぁ」
十二月に入った途端に急に寒くなってきた。それなのに目覚めのコーヒーを飲みながら窓を開けるのは変わらない。
(寒いんなら窓を開けなけりゃいいのにねぇ)
思わずそんなことを思いながらため息をつく。そうしながらも「ほんと、いつまで経っても変わらないなぁ」と、外を眺めているあなたの背中を見つめた。
(初めてのときもこんなだったっけ)
付き合い始めたのは夏で、初めて二人で朝を迎えたのは寒い冬になってからだった。あの日も窓を開けたままコーヒーを飲んでいたのを思い出す。
(さすがに三回目のときは怒ったっけ)
だって、真冬の朝六時過ぎに窓全開でコーヒーを飲むなんてあり得なさすぎる。あまりの寒さに「ちょっと、寒いんだけど」と顔をしかめたわたしに、あなたは「そう?」と言いながらホットコーヒーを手渡してきた。
それからも、泊まった翌日はいつも窓全開でのコーヒータイムを過ごすことになった。雪が降りそうな朝も熱帯夜の朝も、いつだってあなたは窓を全開にする。飲むのがホットかアイスかの違いだけで、いつも窓を開けて外を眺めながらコーヒーを飲んでいた。
(結婚してからも続くんだから、癖っていうよりルーティンってやつだったんだろうけど)
ただ、結婚してからは飲むコーヒーが少しだけ変わった。昔はインスタントコーヒーだったのに、いつからか豆を挽いてコーヒーを入れるようになったのだ。豆が深煎りなのは、物書きのわたしが苦めのコーヒーが好きだからに違いない。
(教えてもらったことはないけど、きっとそうよね)
あなたは押しつけがましいことは何も言わない。コーヒーが深煎りになったのも、ベッドで寝る場所をドア側にしてくれたのも、全部わたしのため。
(寝る場所が窓際だと朝陽で目が覚めちゃうからなぁ)
わたしは夜型だ。物書きとしてそこそこ仕事をもらうようになってからは丑三つ時まで書くのが当たり前で、当然寝るのも遅くなる。
逆に彼は昔から早起きだった。そういえばわたしの担当だったときも朝に強かった気がする。真面目な会社員のように朝っぱらから連絡してくるし、夜更けにメールを送るわたしを何度も心配してくれた。そういう些細なことが積み重なって、気がつけば互いに大事な存在になっていたっけと懐かしくなる。
(豆を挽くようになってからは、さらに早起きになったんだよね)
いまでは日の出前から豆を挽いてコーヒーの準備を始めるほどだ。毎朝二人分の豆を挽いてゆっくりコーヒーを入れる。それが彼の日課になった。
(そういやお揃いのマグカップもずっと使ってる)
同棲を始めるときにお揃いのマグカップを買った。あなたのは深い紺色でわたしのは明るいオレンジ。模様は何もないけど、そういうシンプルなものが当時は好きだった。
朝のコーヒーは必ずこのお揃いのマグカップで飲む。そう決めたわけじゃないけど、あなたはいつもこのマグカップを使った。
そんないつもと変わらない一日の始まりを愛おしいと思うようになったのはいつからだろう。
「この空模様なら昼間は暖かいかもな」
空を見上げながら彼がつぶやく。そんなことを言って、油断して薄着になるからすぐに風邪を引くくせに。逆に寒いだの暑いだの文句ばかり言うわたしのほうが滅多に風邪を引かない。
「せっかくのいい天気だから散歩にでも行くか」
コーヒーを飲み終えたあなたがくるりと振り返った。そうして写真立ての中で笑っているわたしに「今日のコーヒーはどうだった?」と尋ねる。
(おいしいに決まってるでしょ)
飲めなくても色と湯気でわかる。きっと今日もいい香りが漂っているに違いない。
(っていうか、味なんて聞いたことなかったくせに)
だからわたしも何も言わなかった。せっかくなら「世界で一番おいしい」って言っておくべきだったなと少しだけ反省する。
「じゃあ、行ってくるよ」
少し寂しそうな背中に「ちゃんと上着、着るのよ」と声をかけた。あなたに聞こえないわたしの声を届けるかのように、写真立ての前のマグカップから立ちのぼる湯気が少しだけ揺れたような気がした。
いつもと変わらない目覚めの朝に 朏猫(ミカヅキネコ) @mikazuki_NECO
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