決意と、名前
紡生は手を合わせ、
紡生とミケは、
あわせ屋として、最後の仕事をしに。
「今日は来てくれてありがとうねぇ」
「いえ。お約束通り、首輪をお返しに参りました」
蒼樹は大切そうに首輪を受け取り、胸の前へと運ぶ。その目には涙が浮かんでいた。
「ありがとう。本当に、首輪も、……あの子の体も見つけてくれて、本当に……」
「いえ。……生きて帰してあげられたら、よかったのですが……」
猫社に祈りが届いたときにはもう、ルルーは生きてはいなかった。だから仕方がないことではある。過去は変わらないし、悔やんでも生き返るわけでもない。
それでも蒼樹のことを思うと、胸が痛くなる。彼女はずっと、ルルーの無事だけを祈り続けていたから……。
ルルーの遺体が見つかったとき、そしてマイクロチップの番号が一致したときの、蒼樹の
あれからも泣き続けたのだろう。蒼樹の目元は赤く擦れていた。
それでも、紡生たちに笑みを見せる。
「いいの。あなた達がいなければ、あの子は今もまだ、冷たい土の下に、誰にも見つけられずにいたのだから。こうして
「ああ、神余さんは今ちょっと、警察に……」
神余はあの日、裏で手を回してくれていた。
ルルーの体を見つけたときの警察の相手を、ミケと紡生が猫社に誘導しているときには犯人の拘束を。そして今日は、通報者として、事情聴取を受けている。
彼が社会的に必要な手続きを担ってくれたおかげで、紡生たちも思う存分動けたのである。まさに縁の下の力持ちだ。
「犯人も捕まえてくれたそうね」
「ああ、はい。偶然、怪しい動きをする人を見かけたので」
「本当に、感謝してもしきれないわ。これで、ルルーも少しは報われたかしらね」
蒼樹は微笑みながらも、ふと寂しそうな表情を浮かべる。やはり感情の整理がつかないのだろう。
「……蒼樹さん。こんなこと言われても信じられないかもしれないですけど、聞いてください」
紡生は意を決して、口を開いた。
「今日連れてきたこちらの
「そうですか。……ルルーは、なんて?」
「えっ。し、信じてくれるんですか?」
蒼樹は驚くことなく、真っ直ぐに紡生の言葉を聞いていた。そこには疑いの視線は
それに逆に驚いて声をあげれば、蒼樹はおかしそうに笑った。
「ふふ。失礼だけれど、初めは『猫社の神託』って、あまり信じていなかったのよね。でも、あなた達はこうして。助けてくれた。だから、どんな話だろうと信じると決めていたの」
「そ、そうですか」
「それで、ルルーの言葉というのは?」
「あ、そうですね!」
紡生は隣にいるミケに視線を向けた。
ミケは頷き、口を開く。
「『きっと生まれ変わって、またあなたの元に行くから、待っていて。愛してくれて、ありがとう』。それがあいつの、最後の言葉だ」
あのとき。浄化の炎に包まれながら、ルルーが笑ったように見えた。
一瞬だったけれど、きっと気のせいではない。
たった数言。あの時間では、それだけしか聞こえなかったらしい。
けれど。
「…………そう。っ、ルルー、が……そう言ってくれていた、んです、ね。ありがとう、って……っ!」
蒼樹には伝わったようだ。
今まで堪えていた涙が、
「……ある人に、言われたことがある。あの世には、
その様子を見ていたミケが、ふいにそう零した。
輪廻というのは、魂の罪が清算されれば、輪に戻り、新たな生を受けるっていうものだという。
「そして、前世で深い関係を持っていた者とは、引かれ合うように出会うものなんだそうだ。だからきっといつか。あんたのもとにやってくる。それがいつになるかは、分からない。明日かもしれないし、一
ミケはそこで少し言葉に詰まった。
言うか、言わないか。迷っているようだ。
紡生はそっと、ミケの背に手を添えた。大丈夫だと、後押しするように。
すると、ミケは一つ息を吐き出して蒼樹を見つめた。
「それでも、待っていてほしい。忘れないでやってほしい。それがあいつの願いだと、思うから」
その言葉は、ミケ自身の願いのようだった。
もしかしたら、ミケも待っているのかもしれない。過去に亡くしたという、大切な人が、生まれ変わってくるのを。
だからこそ、同じような状況の蒼樹に、諦めないでいてほしいのだと思う。
蒼樹もミケから何かを感じ取ったように、しっかりと頷いた。
「ええ。ずっと、ずっと待っているわ。本当に、ありがとう……!」
◇
昼下がりの街を、肩を並べて歩く。
蒼樹の深い礼を受けて家を後にした二人は、沈黙のまま歩いていた。
「……なあ」
「はい?」
しばらく歩いたとき、ふと足を止めた。
物憂げな表情で、何かを言おうと、何度も口を開いては閉じてを繰り返している。やがて、覚悟を決めたように紡生を見据えた。
「……動物
悲しい話だけれど、検挙される数はここ数年、増え続けているらしい。
百という数字だけでも多いと思う。けれど、実際は表ざたになっていないだけで、もっと多くの動物たちが被害に遭っているという。
「そいつらが全員、怨霊になるとは限らない。けれど、恨みをもって、復讐を願うやつだって、確かにいる。今回のことも、そのうちのほんの一件にすぎない。あわせ屋には、ああいう依頼もやってくるというのが、今回のことで分かっただろ。あんたが思っているより、きれいな仕事じゃない。それでも、あんたは続けるのか?」
ミケの琥珀色が、紡生を映す。真剣な表情は、紡生の覚悟を問うていた。
紡生は、目を閉じて考える。
「正直、思っていた仕事じゃないことはありました」
戸惑ったこともあるし、怖いと思ったこともある。楽しいことばかりじゃないのは、間違いない。危険な思いも、するだろう。
それでも。
紡生は少しだけ笑った。
「私たちだからこそ、救えた子もいた。それは間違いありません。それに救えたのは猫ちゃんだけじゃない。その飼い主も、繋ぎ合わせた絆を実感して、救われている。それって、とっても尊いことだとおもう」
猫と人の絆を間近で見られると、幸せな気持ちになる。もちろん、辛い現実を見なきゃいけないのは、悲しいけれど。
「それでもわたしは、「あわせ屋」を、誇りに思います」
春を運ぶ柔らかな風が、二人の間を抜けていった。
紡生は乱れた髪を耳にかけ、微笑みかける。
「だからやめるなんて、言いませんよ!」
「……。そうか」
ミケの髪も、風に揺れる。
その合間から、柔らかい笑みが見えた。
「……
「え?」
「オレの名前。
ミケはそう言ってスタスタと歩いていく。
紡生は言われたことを理解して、満面の笑みで追いかけていく。
「錫さん!」
「……なんだ」
「えへへ、錫さん!」
「……」
名前を教えてくれたことが嬉しくて、何度も呼んでいたら、額を小突かれてしまった。
けれどそれもうれしくて、笑みをこぼす。
「ちょっとは認めてくれたって、ことですね!」
「調子のるな。認めたって言っても、ちょっとだけだ」
「ちょっとでもいいもんねー!」
そのまま小突き合いながら歩いていく。
自分たちの帰る場所。あわせ屋へ、向かって。
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