忍び寄る危険(5)


 紡生は神余かなまると、大きな家にやってきた。ルルーが生前暮らしていた家だ。

 猫社に入ってきた情報は、飼い主が願っているときに聞いたものだけだ。だからより詳しく知るために、飼い主から話を聞く必要があるのだ。


 インターフォンを押せば、中からおしとやかそうな老婦人が出てきた。


(あれ?)


 老婦人に、見覚えがあった。ミケに追い出される前、猫社で必死に祈っていた人だ。


(そうか……。あんなに必死だったのは、一月半も戻らない愛猫あいびょうの無事を祈りに来ていたんだ)


 きっとわらにもすがる思いだったのだろう。いろんな手を尽くして、最終的に神の力を借りに来たに違いない。

 そう思うと、胸が締め付けられる。

 だって、何よりも無事を願うこの人に、ルルーのことを伝えなければならないのだから。


 改めて辛い仕事だと思う。けれど、止まることはできない。


「突然すみません。猫社の管理をしております、神余と申します~。こちらは助手の小宮こみやです」

「はじめまして」


 神余が名刺めいしを差し出すと、老婦人――蒼樹あおきは、頬に手を添え、首を傾げた。


「はあ……。猫社の方が、何の御用ごようで?」

「ルルーちゃんのことを聞きたくて参りました」


 ルルーの名を出せば、蒼樹はサッと顔色を悪くした。

 初見の相手が、いなくなった愛猫の名前を知っていたら、誰だって驚くだろう。


「なぜ、ルルーのことを……」

「以前、猫社にお参りをしませんでしたか?」

「え? え、えぇ。しましたけれど」

「でしょう。ご神託しんたくを受けてまいりましたぁ。蒼樹さんがお困りだから、手助けするように、と。神社に勤めていると、こういうことが度々あるんですよぉ」


 神余は、何食わぬ顔で捏造ねつぞう話を繰り広げた。そこに事実を交えることで信憑性しんぴょうせいを上げていく。

 猫の名前はルルー。種類はロシアンブルー。一三歳、メス。一月半前から行方不明になった。こちらの知っている情報を話せば、蒼樹も次第に信じていった。

 なんだか詐欺さぎのように感じるが、目を瞑ろう。


「本当に……」

「ええ。これらは全て、神からお聞きした情報ですが、これだけでは探しにくくて……。もう少し、特徴を教えてもらえませんか?」

「ええ。ええ! ぜひ、お願いします!」


 蒼樹は二人を家に招き上げた。 応接室に案内すると、改めて話し始める。


 その日は洗濯を干しているとき、急な来客があったらしい。

 対応が終わり、残りの洗濯を欲し終わった時、ルルーがいなくなっていることに気がついた。


「窓を開けっ放しにしてしまったから……。きっと、お客さんの声にびっくりして、出て行ってしまったのね」


 当然すぐに辺りを探し回った。息子夫婦や、近所も一緒に探し回ったけれど見つからず、チラシを作り町中に貼るも、効果なし。役所や保健所も何度も訪ねたが、該当する猫は見つからなかった。


 ロシアンブルーは神経質で警戒心が非常に強いとされている。そして、サイレントキャットと言われるほど、鳴き声が小さいことで有名だ。

 一度外に出てしまえば、見つけるのは至難しなんの技だろう。


「ずっと家猫でしたか?」

「ええ。外には一切出たことがなかったの」


 それなら、相当、人間を警戒するはずだ。それなのに、いったいどうして犯人の魔の手にかかってしまったのか……。


「そうだ。写真があるの。ちょっと待っていてね」


 蒼樹はなにかをひらめいたように部屋を出ていった。

 戻って来ると、大量のアルバムを抱えていた。


「この子が、ルルーよ」


 子猫時代の写真から、成長に合わせてアルバムを作っているようだ。

 何冊にも渡って、几帳面きちょうめんに保管されている。


「五年前に首輪を変えたの。手縫いでリボンの裏に名前を入れたりして……。ああ、ほら。これよ」


 見せてきたのは、きりっとした表情のルルーだった。首には青色のリボンと鈴のついた首輪が嵌められている。


「……これ」


 紡生はそれを見た瞬間、ハッと思いだした。


「ああああ! そうだ! ハチちゃんの捜索のときに見つけた首輪‼」


 交番に預けた首輪に、非常に似ていた。それに確か、内側に「ルルー」と刺繍ししゅうが施されていたはずだ。

 思わず立ち上がる。


「み、見たことがあるの?」

「確証はありませんけど、よく似たものを見かけました。交番に預けたので、まだあるはず! 確かめに行きましょう!」



「それじゃあ、これで手続きは終わりです」


 交番へと走っていくと、やはりルルーの物に間違いなかった。手続きを終え、今首輪は蒼樹の手に戻った。


「ありがとうございます。首輪だけでも返ってきて……」


 蒼樹は泣き出してしまった。首輪が見つかったのに、猫は見つからないとなると、さらに捜索は困難になるからだ。

 でもこれで終わらせるつもりなど、初めからなかった。


「紡生ちゃん。あの首輪、どこで見つけたの?」

「ええっと、ここから西にいくと、竹やぶで囲われた空き家があるの、分かりますか? 肝試しにちょうどいいってウワサの」

「いいや。でも一度行った方が良さそうだね」

「そうですね。あそこで首輪が見つかったって事は……」


 犯人は、ここ一週の間に、多くの猫の死骸しがいを捨てている。

 もし、ルルーが捨てられたとしたら、首輪の見つかった場所の近くである可能性が高いだろう。


 神余はちらりと蒼樹へ視線を送った。

 もしも死骸が出てきた場合。蒼樹がその場にいたら、きっと耐えられない。そう言いたいのだろう。

 一つ頷く。ここからは、同席してもらうのはやめた方が良い。


 結局、涙が落ち着かない蒼樹には、連絡先だけ教えてもらい、家に帰ってもらった。


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