忍び寄る危険(3)


 ザアザアと雨が窓を打つ音が響く。昨日から降り出した雨は、次第に強さを増していった。

 紡生はベッドに寝転んで、ただひたすら天井を見つめていた。

 何をする気力もなく、起きるのすら億劫おっくうなのだ。


 家の中は静かだった。親は二人とも、仕事に出ている。今家にいるのは、春休み中の紡生だけだ。

 休息が目的ならば、理想の環境ではある。けれど、今はこの静けさのせいで、余計なことばかりを考えてしまう。

 頭の中では「必要ない」という言葉ばかりが、グルグルと回っていた。


「……」


 紡生は傍にあったクッションに顔をうずめて、感情が落ち着くのを待つ。


 と、そのとき。傍に置いていたスマートフォンが着信を告げた。

 ノロノロと顔だけ向ければ、画面には“神余かなまるさん”の文字が映し出されている。


(そういえば……)


 あわせ屋から追い出されたのなら、猫社の管理人という立場はどうすれば良いのだろう。

 だって、管理の為にはあの敷地に入らなくてはいけない。締め出されてしまっては、続行は到底不可能だ。

 あれだけ手伝いを喜んでいた神余には悪いが、断わりを入れておかなければ。

 紡生は気乗りしないまま、電話に出た。


「……もしもし」

『あっ、もしもし。紡生ちゃん? 神余だけど。大丈夫⁉ 今、家にいる?』

「え、あ。はい」


 神余は開口一番、悲鳴のような叫び声をあげた。よほど焦っているようで、しきりに安否を聞いてきた。

 戸惑いつつも無事だと伝えると、ほっとした声が聞こえてくる。


『一先ず無事みたいで、よかった~。……いや、よくないか。聞いたよ? ミケ君に、追い出されちゃったんだって?』


 いきなり今一番触れられたくない話題を提供されてしまったが、もう知っているのなら、話しは早い。


「……必要ないって」

『え?』

「必要ないって、言い切られちゃいました」


 告げた言葉は、震えてしまった。自分で思っていたよりも、ずっと精神にダメージを負っているようだ。


『……あー。それなんだけどさぁ。ちょっと話したいことがあって。今って出てこられたりする?』

「話したいこと?」

『あ、うん。詳しい内容は後で説明するんだけどね。実は、ちょっと厄介やっかいなことになっているみたいでねぇ』

「?」


 電話の向こうからは困った声が聞こえてくる。

 けれど正直、今は誰とも会いたくない。少なくとも、心の整理がつくまでは。


「あの……。すみませんが」

『あっ、待って。断る前に、これだけ言わせて!』

「……」


 あまりに必死で、紡生は無言のまま続きを促した。


『ミケ君、たぶん――……』

「え?」


 告げられた言葉は、すぐには理解できなかった。それでも、紡生を突き動かすには十分な言葉だった。


「すぐに行きます!」


 ◇


「あ! 紡生ちゃん。こっちこっち」


 家を出ると、すぐ近くの公園に、一台の車が止まっていた。

 窓を開けて、神余がひょこりと顔を出している。


「お待たせしました」


 乗り込めば、すぐに発車する。向かうのは猫社だ。


「雨の中、急にごめんねぇ」

「いえ。それより、電話の……」

「あっ、待って。それは猫社についてから、アメちゃんも交えて話し合いたいんだぁ」


 そう言われてしまえば、言葉を飲み込むしかない。

 紡生の家から猫社までは、車だと五分もしないで到着する距離だ。ほんの五分。それさえ経てば、聞ける話なのに。

 紡生にとっては何よりも長い五分だ。頭の中では、先ほど告げられた言葉が、グルグルとめぐっている。


『ミケ君、たぶん、君に危険が及ぶのを防ごうと……』


 確かにそう言われた。でも。


(危険って、なに? 防ごうってことは、守ろうとしていたってこと?)


 分からない。危険が何なのか。ミケが何をしようとしているのか。その気持ちも。

 けれど、しっかりと聞いておかなければいけない。そんな気がした。


 紡生は猫社につくまで、ずっと手を握りしめていた。


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