仲間入り(3)


「迷いがあるのなら、やめておけ。あわせ屋は、あんたが思っているようなきれいな仕事じゃない」

「ちょっと! ミケは黙っていなさい!」

「いて」


 ――ベシベシ


 そっぽを向いたミケの背中に、猫パンチを繰り出すアメ。ごほんと咳払いをすると、そのままうるうるとした目で紡生を見つめた。

 上目遣い、45度。瞳孔を丸く広げ、首を少しだけ傾げる。一番自分が可愛く見える角度を、アメは知り尽くしていた。そして、猫好きがこのおねだりポーズに抗えるわけがないということも。


「ね? お願い~! 人助け……いや、猫助けだと思って~! 何卒なにとぞ、この可愛いネコちゃんをお助けください~!」

「えぇ~? しょうがないなぁ。猫ちゃんに頼まれちゃったら、やるしかないよねぇ!」


 紡生は陥落かんらくした。デレッデレだった。やはり猫ちゃん。猫ちゃんは全てを解決する。


「そう来なくっちゃ!」

「げぇ。やるのかよ。あんた、考えなしすぎじゃない?」


 喜んで駆けまわるアメとは裏腹に、ミケは心底嫌そうな顔で紡生を振り返った。


 考えなしと言われたが、別に紡生とて、なにも考えなかったわけではない。

 恐らく、普通の仕事と違うところは多い。人間である紡生にできないことも、あるのだろう。それでも。

 紡生はふっと力を抜いて笑った。


「ここにきて救われたのは、確かだから。むぎが死んでからここに来るまでは、正直、ほとんど自暴自棄じぼうじきになっていたと思う。何もかもが色あせていて、何も見たくなくて、どこにも行きたくなくて。ただ毎日を、失ったものを繰り返し数えていたの」


 猫を亡くしただけで、大袈裟だと思われるかもしれない。でも、紡生にとってはかけがえのない存在だった。生まれた時から、一緒にいた家族だった。物心ついたころから傍にいるのが当たり前だったのだ。


 それが、ある日を境にいなくなった。むぎがいない日々は、初めてだった。どうしたらいいのか、どうやって過ごしていたのか、分からなくなってしまったのだ。


「こんなに悲しい気持ちになるなんて、思っていなかった。ずっと、覚悟はしていたはずなのに、どうしても悲しくて……」


 ベッドに乗ってこられなくなったとき。寝たきりになったとき。大好きだったご飯を食べてくれなくなったとき。それぞれに覚悟を決めたはずだった。

 でも実際は、どうしても割り切れなった。


「でも、ミケさんが、むぎの思いを教えてくれた。わたしの想いと、むぎの想いを、つなぎ合わせてくれた。それが、本当に、嬉しかったの。だから前を向くことができた。いいえ。前を向かなきゃ、って思えたの」


 後ろや下ばかり見ていたら、昇っていったむぎのことも、見えなくなってしまうから。きっと見逃してしまうことも多いだろう。だから前に進む。それが、むぎの望みでもあるから。


「……きっと、割り切れなくて悩んでいる人は多いと思う。だから、わたしにできることがあるのなら、やってみたい」


 自分にできることは少ないと思うけれど。それでも、あわせ屋を猫社を、必要とする人は必ずいる。その人たちに言葉を届けてあげたい。それになにより。


「ミケさんが、人間との接し方に困っているのなら、力になりたいもの」

「……オレ?」

「話を聞いたら、さすがに放っておけないよ。なにかお礼をしたいと思っていたし、ちょうどいいかなって。人間だからこそできることも、あるかもしれないでしょ?」


 紡生はカラッと笑った。本当に吹っ切れた、気持ちのいい笑みだった。


「――お人よしだな」


 ミケは呆れたように目を細めた。そして、ふいっと反らされる。


「……勝手にしろ。余計な仕事だけは増やすなよ」

「分かってますよーだ。もしかしたら、ミケさんより活躍しちゃうかもね?」

「ふん、言ってろ」


 それ以降、ミケは押し黙った。

 そっけない返事だったが、一先ず、話はついたということで良いのだろう。


「とりあえず、簡単に説明するわね」


 そう言ってアメは紡生の前にちょこんと座り、小さな口を動かし始めた。


 「あわせ屋」は「猫社」から依頼を受けて動く、実働部隊。

 猫社からの依頼と言うだけあって、仕事内容はもれなく猫に関することで、一番多いのが迷い猫の捜索なのだという。


「いつの時代でも『猫が家に帰ってこなくなった』とか、『脱走してしまった』っていう話はなくならないのよね。わらにも縋る思いで猫社にくる人が多いの。だから、願われた子は、できるだけ家まで導いてあげているわ」


 アメはげっそりとした表情で、「お願いだから、脱走対策を徹底してほしい」とぼやいていた。神様がお願いするくらいなのだから、とてつもなく深刻なことなのだろう。

 紡生は「猫社にお参りすると猫が帰ってくる」という噂があったのを思いだした。

 偶然とか、奇跡ではなく、人知れずその仕事をこなすアメたちがいたからこそ、そう呼ばれるようになったのだ。


「あとは、人と猫の想いを繋ぎ合わせることも、仕事のうちよ。猫からの願いが届くこともあるわ。『自分がいなくなってからの飼い主が心配だから、安心させたい』とかね」

「そう言うのって、どうするんですか? 夢枕ゆめまくらとか?」

「そうするときもあるし、紡生ちゃんにしたように、直接言葉を届ける必要がある時もあるわ。直接の時は、どうしてもミケに頼らざるをえないのよ」

「なるほど」


 紡生は納得した。だから「あわせ屋」なのだ。

 迷子の猫を飼い主と再会させる、「会わせ」の仕事。そして、飼い主と猫の想いをつなぎ合わせる、「合わせ」の仕事。

 どちらも請け負う者として、「あわせ屋」という名は、分かりやすい。


「紡生ちゃんにやってもらいたい仕事は、主にその二つよ」

「すてきな仕事ですね」


 千切れそうな縁を、想いを繋ぐ仕事。それに携わることができるなんて。これ以上にやりがいのある仕事などあるだろうか。

 紡生は思わず前のめりになった。


「そう言ってもらえると、嬉しいわ。とりあえず、大体の流れを知ってもらいたいから、今からミケについていってみてくれないかな」


 そう言うとアメは、ぴょんっとミケの肩に飛び乗った。突然飛び乗られたミケは、ぐえっと短い悲鳴をあげている。


「え、今からですか?」

「そう、今から! ……もしかして何か予定あった?」

「い、いえ」


 特に予定はないけれど……。

 ちらりと伺えば、アメはニコニコとしながらも、有無を言わさないオーラを出していた。どうやら決定事項のようだ。


「そう、良かった。じゃあ、今日の仕事の詳細はミケに聞いてね! さ、ほら! 行った行った!」


 本当に時間に追われているようだ。

 アメは紡生たちの背中を押した後、「お願いね!」とだけ残し、どろんと消えたのだった。

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