迷い猫探し(1)


「えっと。それじゃあ、よろしくお願いします。今日のお仕事は、なんですか?」


 アメに送りだされ、紡生つむきたちはあわせ屋の外へと向かった。


 紡生の声に一瞬だけちらりと目線を向けたミケだったが、すぐに前に向き直って歩調を強めていく。

 身長差があるため、距離はどんどんと開いてしまう。紡生は慌てて駆け寄った。


「ちょっと待ってくださいよ」

「ついてくるな」


 追いついて袖を引っ張った途端に、眉間に皺をよせたまま、そう吐き捨てられる。不機嫌極まりないという顔だ。

 けれど紡生も引けなかった。


「ついてくるな、って言われても。アメちゃんには、ミケさんについていけって言われているし……。何をするのかも教えてくれないと、分からないんですけど」

「オレは、あんたが入るのを認めたわけじゃない。別に、あんたがいなくても困らないから」

「は、はあ⁉ さっきは勝手にしろって言ったじゃないですか!」

「勝手にしろとは言ったけど、世話をするとは言ってない」

屁理屈へりくつかっ!」


 あまりのもの言いに、つい、強めのツッコミが出てしまった。

 慌てて口をふさぐも、ばっちりと聞かれてしまったようで、じろりと睨まれてしまった。

 とはいえ、世話をするとは言っていないからと、仕事についても教えないってどうなのだ。

 完全な新人に、なにをやればいいかの指示もしないで、仕事なんてできるわけないのだ。それに、ミケが認めていないとはいえ、アメからもお願いされている。

 紡生としても、やると決めたのだ。このままなにもやらないで終わるつもりはない。


「せめて、仕事の概要がいようくらい教えてくださいよ」


 横暴おうぼうだ! とか、職権乱用しょっけんらんようだ! などと根気強く訴え続けること、数分。

 ついに、今日の仕事について聞けることになった。根気こんき勝ちだ。

 ミケはぐったりした様子だったが、紡生の知るところではない。


「ヒトの周りをグルグル、キャンキャンキャンキャン……。犬かっての」

「人間です」

「知っとるわ! ……はあ。一回しか言わねーからな。しっかり覚えろ。……その小せぇ頭じゃ、無理かもしれないが」

「むっ……」


 なんとなく感じていたが、ミケは随分ずいぶんなひねくれ者のようだ。こちらの気に障ることを言わないと、気が済まないのだろうか。


(我慢。……我慢よ。わたしは大人。大人なんだから……)


 言い返したいけれど、今言い返して、へそを曲げられたら困る。

 口先まで出かかっていたけれど、深呼吸をすることでなんとか耐えてみせた。


「今日の仕事は、迷い猫の捜索。ターゲットは『ハチ』。長年猫社に参拝している、商店街の赤堀あかほり青果店せいかてんの猫だ」


 ハチはキジトラで、頭に眉毛のようにMの字が入っている、メスの猫だという。

 「赤堀青果店」は商店街にあるが、赤堀家はその近所にあるらしい。

 二日前、荷物の運び入れの際に玄関から脱走してしまい、戻ってこなくなってしまったそうだ。


「キジトラちゃんだと、頭にMの字がある子って結構いますよね。しかも一番多い柄だし……。他に、特徴はないですか?」

「しっぱが『カギしっぽ』らしい。先端が黒、後はしまだが、黒の部分だけ曲がっているそうだ」

「カギしっぽちゃん! 特徴から察するに『キンクドテール』ちゃんですね。やだっ。絶対可愛い!」

「へえ。よく知ってるな」

「まあ、猫好きですので」


 本当に意外そうに目を丸くするミケに、紡生は胸を張って得意げな顔をした。


 紡生の猫愛ねこあいは、だいぶ重症だった。

 猫の種類は大体覚えているし、すべての猫を愛している。すべての猫が幸せであってほしい。そんな理想を掲げていた。

 ここ最近はむぎにかかりきりだったため行っていないが、週一で猫カフェに貢献こうけんしに行くのが日課だった程だ。

 猫への愛を語りだしたら止まらない。それは、猫に関わる仕事をしているはずのミケすら、引き気味になるほどだった。


「……愛が重すぎる。ちょっと、もう少し離れてくれない?」

「なんでそんな顔するの⁉ 猫ちゃんは、皆可愛いじゃん!」


 ミケは三歩程後ずさった。不機嫌顔から一転。少しの怯えと戸惑いの顔になっている。身の危険を感じているようだ。

 別にミケへの愛を語っている訳でもないのに、そんな反応をされると傷つく。


「だ、大丈夫だよ! わたし、確かに猫好きだけど、猫ちゃんが嫌がることはしないから! 節度を保って接しているから!」

「……猫の腹は?」

「吸う!」

「後頭部は?」

「吸う!」

「肉球は?」

「吸う!」

「ダメじゃん」


 間髪入れない返答に、ミケはさらに三歩下がる。完全にドン引きだった。


「違うよ! ちゃんと信頼関係のある猫ちゃん限定ね⁉ 誰彼だれかれ構わず、ってわけじゃないから!」


 そう叫ぶも警戒は解けず。ミケとは、最低三歩は離れていなければならなくなってしまった。


「うぅ……。別にミケさんを吸うって言ったわけじゃないのに」

「気色の悪いこと、いうな」


 ミケは顔を青くしながら鳥肌を立てていた。

 そんなに嫌か。……想像したら、確かに嫌だ。人にやったら、完全にセクハラ案件だ。


(話題を変えよう)


 紡生は頭を振って、軌道修正きどうしゅうせいすることにした。


「それで? どうするんです?」


 伺うように振り仰げば、ミケも警戒の色はあるものの、仕事モードの顔つきになった。


「そうだな。キジトラは野性味が強いから、警戒心も強い。それに、迷子になっている今、パニック状態になっている可能性が高い。自力で家に戻ることはないだろうな」

「探すにしても、見つけにくい柄ですもんね……」


 キジトラ柄の猫は、先祖せんぞの姿を色濃く残していると言われている。暗闇や背景に溶け込みやすく、狩りをするのに向いている柄なのだ。

 そんな子が本気で隠れられたら、恐らく人間では見つけられない。だから飼い主も、すがる思いで猫社に祈りに来たのだろう。

 そんな猫を、いったい、どう探すつもりなのだろうか。


「まあ、とりあえずついてこい」


 ミケは気がついていないが、ようやく仕事を教える気になったようだ。ついて来いと言われて、ついていかない理由はない。

 紡生はミケを追って、再び歩き出した。今度は三歩離れてはいるが、歩調はゆっくりだった。


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