仲間入り(2)


「落ち着いた?」

「はい……すみません」


 数分後、ようやく落ち着きを取り戻した紡生つむきは、改めて話を聞くことになった。

 どうやらアメは、本当に神様らしい。猫社の主神しゅしん様に仕え、猫社ねこしゃに祈られた願い事のうち、受けると判断したものを叶えるために動いているのだそうだ。


「猫社に願われるのは、迷い猫の無事の帰還きかんとか、愛猫の無病息災むびょうそくさいとか。そう言うのが大半ね。そしてここ『あわせ屋』は、そのさらに下請けって考えてもらえばいいと思うわ」

「下請け……。じゃあそちらの男性も、神様だったりしますか……?」

「あ、そうね。ミケのことも紹介しないと! ほら、あいさつ!」


 アメはミケと呼ばれた男の人を肉球で小突いた。


「なんでオレが」

「あいさつくらいしなさいよ! 全く」

「嫌だね。なんで人間なんかに……」


 ミケは迷惑そうな顔をして、そっぽを向いてしまった。


「ごめんね。この子ひねくれてて……。代わりにあたしが紹介するわ」


 アメは申し訳なさそうに耳を伏せた。尻尾も力なく下げられていて、可哀そうで可愛い。こんな状態だけれどキュンとしてしまう。


「この子は三毛門みけかど。ミケって呼んであげて」


「三毛門」だから「」なのだろう。「アメ」もそうだが、なんだか猫の名前のようで、可愛らしい。猫社の中での、コードネームみたいなものなのだろう。


「ミケは神じゃなくて、妖族あやかしぞくなの。……妖って、分かるかしら?」

「……妖? 妖って河童かっぱとか、ぬらりひょんとかの……?」

「そう。その妖」

「……ええ⁉」


 ごく当然というように頷いたアメに、紡生は一拍遅れてのけぞってしまった。

 だって妖が実在していると言われたのだ。しかも、目の前のどう見ても人間に見える、このミケのことを。とてもじゃないが、冷静ではいられない。


「ああああ、妖って、お、おばけっ⁉」

「やだなぁ。妖はおばけとは違うよ? おばけは死んでで、妖はだから」

「え、あ、は、はあ……」


 そういう生き物と言われても、イマイチピンとこない。そう言うことにはあまり詳しくないのだ。そもそも、神様も妖も、見たのは初めてだった。


「え、でも。妖って悪さをするんじゃ……」


 妖とか妖怪とか。そう言ったものは人間に害を加えると言われている。童謡や昔話では、悪者として登場していることがほとんどだ。

 それなのに、ミケは神社で神様の仕事をしている。一体どういうことだろうか。


「んー。まあ妖族は気ままなものが多いけれど、全員がそうだとは言えなくてね。ミケは徳を積む為に、神の仕事を手伝ってくれているの」

「徳を、積む?」

「そうよー。昔やんちゃしていたころの罪を償うためって――」

「おい、余計なこというな」


 アメの言葉を、ミケの鋭い声が遮った。眉を吊り上げ、にらみつけるように見下ろすミケは、不機嫌丸出しだ。どうやら触れられたくない話らしい。


「ごめんって。でも元はと言えば、貴方が自分であいさつしないからじゃない」

「そんな話までする必要なんざ、ねぇだろ。あんたはいつも口を滑らせすぎなんだ」

「滑らせてないですぅ。意図的いとてきにですぅ」

「なお悪いわ!」


 やり取りを見ている限り、険悪けんあくなムードではない。アメがミケをからかい、ミケもそれと分かっている。そんな雰囲気である。なんというか、漫才まんざいを見ているようだった。


(神と妖なのに……)


 紡生は少しだけほっとした。人外と分かって身構えていたけれど、人間とさほど変わらないらしい。

 恐らく、悪い妖という訳ではないのだろう。

 それならばと、紡生は口を開いた。


「え、えっと、それで。どういう妖なんですか?」


 そう告げると、アメが嬉しそうに身を乗り出した。


「気になる? 気になっちゃうよね! じゃあ教えてあげる! ミケはね、『五徳猫ごとくねこ』なの!」


 異様にテンションの高いアメから身を引きつつ、紡生は首を傾げた。


「五徳猫……?」

「あ、知らない? えっとねー、五徳猫っていうのは、簡単にいうと囲炉裏いろりに火を吹く猫のことよ。七徳ななとくのうち、二つの徳を忘れたから、とも言われているわ。まあ、だから神社に来たのだけどね」

「あぁ、なるほど」


 なんとなく納得した。

 二つの徳を忘れてしまった。だからこそ、失った徳を探すために、神の手伝いをしているのだ。

 失った徳がどういうモノかは分からないが、神社でなら徳も見つかりやすいかもしれない。


「まあそう言うこと! 鬼とか、山姥やまんばとか、そういう悪さをする輩とは違って、人間に害を加えることはないわ。だから心配しなくて大丈夫よ」


 アメはニコリと微笑んだ。

 神がそう言うのなら、恐らく大丈夫なのだろう。それに見た目は人間のようだし、妖と言うだけで、危ないと決めつけるのはよくない。

 紡生はそう思い、座り直した。


「え、えっと。それで、わたしを呼んだ理由って……?」


 先ほどアメは、自分が呼んだと言っていた。

 神と妖の集うこの場に、ただの人間である紡生が呼ばれたのは、いったいどうしてなのか。それが気になって仕方がない。


「そうだった! えっとね、紡生ちゃんには、をしてもらいたいなって思って!」


 満面の笑みでこちらを振り返るアメ。紡生は、言われた言葉を理解するのに数秒を要した。


「…………ええ~~~~⁉」


 悲鳴ひめいに近い声が、口からもれる。

 ミケのサポートということは、神の手伝いということだろう。けれど神の仕事など、普通の人間にできるものとは到底思えない。

 紡生には、神様や妖のような超常的な力はもちろん、そっち方面の特技などもない。得意なことと言えば、いつでも突っ走れるということくらいだ。

 初志貫徹しょしかんてつ。一度決めたら諦めずに走り続けられる。それが紡生の数少ない長所だった。


「ちょっと待て! オレは反対だぞ! こんなトロくさそうな人間なんていたら、思うように動けねぇだろうが‼」

「失礼な! わたし、こう見えて結構運動神経いいんですよ! トロくさくなんて、ないですー!」


 ミケは即座に不服ふふくを申し立てた。

 言い分には紡生も賛成だ。しかしそこまではっきりと言われると、カチンと来るものがある。

 結果、売り言葉に買い言葉。反射的に、言い返してしまった。


「引っかかるところ、そこなのか」


 まさかそんな返しをされると思っていなかったのだろう。ミケは目を丸くして紡生を見た後、怪訝けげんそうな顔をした。


「つーか、そういう問題じゃねぇ! あわせ屋は危険なことだってあるって話だ。オレやアメはともかく、人間は怪我すると面倒だろ」

「だったらそう言ってくれればいいのに。トロくさくいなんて言われたから、反発しちゃったじゃない」

「人間がオレらに比べればトロくさいのは事実だろうが。おりしながら、仕事なんてできるかよ」

「なっ! だから、言い方ってもんがあるでしょう⁉ お守りって、わたしは赤ちゃんか!」

「似たようなもんだろ。前もピーピー泣いてたしよ。そんな泣き虫に、仕事なんかできると思わないね」


 ミケはふんっと鼻で笑った。心配している訳ではない。やれるわけがないから反対しているだけ。そんな顔だ。


「はあああ?」


 カチーン。紡生の闘争心に火がついた。

 どんな仕事なのかは分からないけれど、今、バカにされているということだけは分かった。そのままで終わるなど、紡生にはどうしてもできない。


「上等よ! あわせ屋の手伝いでも、猫社の手伝いでも、なんでもやってやる! わたしにだってできるって、証明してやるんだからっ!」

「あぁ⁉ なんでそうなる! やめとけって言ってんだよ!」

「やめとけなんて言ってないじゃない!」

「言った!」

「言ってない!」


「はいはーい、そこまで」


 お互いに顔をつき合わせて、言った、言ってない、の言い合いに発展した。そのとき。アメが二人の間に割り込んで、肉球を二人の顔に押し付ける。たいへん柔らかい感触が、二人を襲った。


 紡生の怒りは、肉球によってしずめられた。とても良い笑顔で、顔を押す感触を受け入れる。もはやご褒美ほうびだった。


「二人ともヒートアップしないの。ミケも心配なら素直にそう言いなさいって」

「別に、心配なんてしてない」

「ほんと、天邪鬼あまのじゃくなんだから」

「うるせーよ」


 一方のミケは不服の色を濃くして、ふてくされた。肉球を振り払って、後ろを向き、胡坐あぐらをかく。


「ごめんね紡生ちゃん。ミケ、ご覧の通り口下手でさ。素直じゃないから、いつも勘違いされるのよね」

「おい、アメ! そういうのほんとやめろって!」

「本当のことじゃない。この間だって、人間とうまく話せなくて、不審者扱いされたくせに」

「っぐ」


 ミケは言葉につまり、再び後ろを向く。図星ずぼしだったようだ。


「というか、ミケが反対しようが、これは決定なのよ。猫社は、常に人手不足……いや、猫手不足ねこでぶそくだからね」

「猫手不足……?」


 なんだか可愛らしい響きだ。猫の手も借りたいとはいうが、本当に猫の手を必要としているのだろうか。


「そうなの。猫はほら、気分屋な子が多いでしょ? あたしみたいな猫はともかく、一般の子から募集しても、働ける猫っていないのよね。犬とかなら、一般募集でも働いてくれる子が多いみたいだけど……」

「あぁ……」


 言われてみれば、猫が働いているところなんて、あまり想像がつかない。猫は一日の大半を寝て過ごす。そんな猫が決められた時間に勤務するなど、特殊な訓練を積んだものにしか無理だろう。


「それなのにここ数年、参拝者が増え続けていてね。願いの量に対して、動ける子がいないのよ」

「ペット需要が増えたって聞きますからね。参拝者もその分ってことですか……」

「そうなの! だから神だろうが妖だろうが、使えそうなら歓迎しているのだけど……。ミケは見ての通り、人付き合いは絶望的でしょ? 口下手が災いして、不審者扱いされたり、新手の宗教勧誘だと思われたり……。いろいろ大変なのよ」

「ああ……」


 妙に納得してしまった。

 紡生とて、もしもここでなく、外でミケと出会っていたら。まず間違いなく警戒しただろう。それどころか、通報していたかもしれない。

 ちらりとミケを見ると、先ほどより機嫌悪そうに頬杖をついていた。

 話されていることは、実際にあったことなのだろう。憐みの視線を向けたら、睨み返された。怖い、怖い。


「あたしたちの仕事の中でも、あわせ屋に依頼する仕事って、人と関わる機会が多いからさ、そういうときのサポートをお願いしたいのよね。しばらく貴方の様子を見させてもらったけど、人の話を聞くのも得意そうだし。どうかな?」

「うっ、いや、でも。わたしにできることなのかな……?」


 先ほど勢いでやってやると言ってしまったが、どんな仕事なのか、イマイチ分かっていない。

 だからこそ少し迷ってしまった。

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