仲間入り(1)
数日後の午前。
お世話になったから、お礼をしに来たのだ。とりあえず
いろいろと悩んだのだが、残念ながらあの男性の好みなど分からなかった。それどころか、名前すら知らない。たぶん、お互いに。
(だって、自己紹介とかする時間もなかったもんね)
つまり、名も知らぬ人の前で大泣きしてしまった、ということになる。冷静になると、とても恥ずかしい。
(大学生なのに、これじゃあ子供みたい……)
あの姿は、今思い出しても幼子のようだったと思う。絶対に引かれた。間違いなく、ドン引きだろう。
けれど、恥ずかしいからとお礼もしないのはいただけない。
紡生は意を決して、扉を開いた。
「「あ」」
紡生が門をくぐるとすぐに、竹ぼうきで庭の掃除をしている男性と鉢合わせる。
屋敷に入って呼び出す算段が、早くも崩れた瞬間だった。
明らかに驚いた表情の男性は、固まったまま凝視してくる。紡生とて、突然のことで驚いたが、お互いに見つめ合ったまま固まっていても仕方がない。
紡生は、勢いのまま口を開いた。
「あ、あーっと。こんにちは。
「え、あ、は? お礼?」
「はい。あの、お菓子なんですけど、甘いものって大丈夫でしたか?」
「え、あ、あぁ。平気。ご丁寧に、どうも。……えっと。とりあえず、上がる?」
「あ、じゃあ、お言葉に甘えて」
予想外の状況だったが、紡生よりもむしろ男性の方が
通されたのは、前回も上がらせてもらった、
「えっと、その節は大変お世話になりました。感謝しても、しきれません。本当に、ありがとうございました」
紡生がお礼を告げると、ようやく男性は正気に戻ったらしい。ハッとした顔で口を開いた。
「いや、それよりも。あんた、どうやってここに……。ていうか、なんで入れた?」
「え? なんで、と言われても。鍵は開いていましたし。あれ、もしかして定休日とかでしたか?」
「いや、そういうわけじゃ……。というか普通の店じゃないし。呼ばれない限り、ここにはたどり着かないはずなんだけどな……」
男性は頭をガシガシと掻きながら、
「それはね!」
確かに、相手の都合も考えずに来てしまった。もし迷惑なら、お暇した方が良いだろうか。と考え始めたとき、ふと鈴を転がすような声が聞こえてきた。
目の前に座る男性の声じゃない。また別の、女の人の声だ。
きょろきょろと辺りを見回すが、人の姿はない。では、一体どこから聞こえてきたのか。
「こっちこっち!」
声は紡生のすぐ下から聞こえてきた。視線を向けると、何度か見かけた、あの白猫がちょこんと座っていた。
「……? 猫ちゃん? あれ、でも声が」
「あたしよ!」
紡生がきょろきょろすると、白猫は片方の前足をあげて、招き猫のようなポーズを決めてきた。ピンクの柔らかそうな肉球が見える。可愛らしい。……じゃなかった。今、何が起こった? 猫が……。
「……え? ねっねねね、猫がっっっ!」
そこまで考えると紡生は驚きにのけぞった。あまりにも驚き過ぎて、そのまま一回転してしまう。
「「おおー」」
「⁉ えっ⁉ えっ⁉ なに、どういう」
きれいな一回転に、男性と猫が歓声を上げるも、紡生はそれどころじゃない。
どういうことだ。猫がしゃべった? 猫ってしゃべるんだっけ? もしかしてロボット? いやでも温かかったはず。
そんな言葉ばかりが駆け巡り、答えはでない。
「落ち着いてー。猫がしゃべるのがそんなに不思議?」
コクコクと高速で頷く。紡生の常識では、猫は人間の言葉をしゃべることはないはずだ。いや、
「う~ん。でも、しゃべる猫って、何匹かはお話の題材になっているでしょう?」
「え。た、確かに……?」
「あたしもその部類の子だと思ってくれればいいのよ」
「え、ええー?」
思い当たる話は何個かある。猫が先生と呼ばれていたり、猫がラーメン屋を営んでいたり。そう考えれば、しゃべる猫がいてもおかしくはない……、のかもしれない。
「少し落ち着いたかな? じゃあ改めて。あたしはアメ! 今日貴方を呼んだのは、紛れもなくあたしよ!」
アメと名乗った白猫は、毛艶の良い胸を張った。表情もなんとなくドヤっとしている。
「やっぱりあんたか。何勝手なことしてくれてんだよ」
どう反応していいのか分からずに固まっていると、男性が呆れたように声を上げた。
いかにも不満げな表情で、アメを見下ろしている。けれどアメは動じた様子もなく、数を数える様に指(爪)を出した。
「だって~。こんな人材、見逃せないでしょ! 行動力もある。
「だからってオレになんの相談もなく」
「だってミケ、連れてくる前に話したら、絶対拒否するじゃん」
「分かってんなら、やるなよ」
ぎゃあぎゃあと言い合いをする二人(?)をよそに、紡生は言われた意味を考える。
自分を呼んだ猫はしゃべる猫で、あわせ屋に必要な人材だと思われたから呼ばれた。だからここに入れた、とそういうことだろうか。
(いやいや、まさか)
そもそも「あわせ屋」のことも詳しく知らないし、この人達のことも知らない。というか、しゃべる猫ってなんだ……?
ミケ、と呼ばれていた男の人も猫としゃべれるし、「あわせ屋」になるには猫としゃべることが
自分には、そんな力などない。だから、どうしてそんな話が出てきたのか分からなかった。
「え、ええと。あの、わたし、猫と喋れたことなんて、ないですよ……?」
そう告げると、四つの目が紡生を振り返った。
「必須じゃないから大丈ー夫! あたし達が
「え、そうなんですか」
どうやら猫としゃべれることが条件、というわけではなさそうだ。
「そうそう。あたしはほら、
「そうなんだ……ん? 狛猫って、狛犬と同じ? 神社を守るっていう、あの……?」
「そうそう。神社を守護し、
「大変申し訳ありませんでした」
「って、ええ⁉」
紡生は即座に
神様のお使いということは、神様のお仲間ということだ。ということはつまり……。
(わたし、神様をナデナデしていたって事じゃん‼)
紡生の頭の中では、以前の自身の行動が思い起こされていた。アメの頭を撫で、腹を撫で、こねくり回した自覚は、残念ながらある。
だって知らなかったから。普通の猫だと思っていたから。誰が考えるだろう。その猫が神様だなんて。いや、考える訳がない。
(終わった。わたし、完全に終わった……!)
普通に考えて、恐れ多すぎる。そして
紡生は小さくまとまりながら、がたがたと震えた。
「ちょ、まってまって。やめてよ、土下座なんて! あたし怒ってないよ? 罰を与えるつもりなんて、これっぽっちもないって!」
「ナデナデして、申し訳ございませんでした」
「あれはあたしが撫でてってやったからだし。落ち着こ? ね?」
「ごめんね、むぎ。楽しんでから逝くって言ったのに、すぐに逝くことになりそう」
「おおーい。話きいて~」
ヒンヒンと泣く紡生と、あわあわと慰めるアメは、しばらく続いた。
ちなみにミケと呼ばれた男は、半笑いで見ているだけだった。
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