第3話 ババ専ではありません。私はフレイヤ様だから好きなのです。

 数十年前から、人間の若い男に入れ込んでいる。

 魔王フレイヤは実の息子にすら、そう誤解されているが、それは間違いだった。


 ディランの父の元勇者が亡くなって数十年、たまたま人間の世界を訪れていた魔王は、切実な願いを聞いてしまった。

 惜しくもそれを願った男は、元勇者の孫にあたる者で、魔王は手を貸してしまった。

 魔王の傍にいたいというから、男が元勇者に似ていることもあって、魔界に連れてくることにした。その際、魔王は男に魔法をかけた。

 元勇者と出会った時はぎりぎりおばさんの外見であったが、今やばばあ。 

 魔王はそんな自分の姿を元勇者によく似た男に見られるのが嫌で、自身がかなり若く見えるように魔法をかけた。

 美しい魔王、しかも自分を救ってくれた恩人。

 好きになるのは当然、その男は彼女に尽くした。

 人間の世界に帰るようにいったのにも関わらず、彼は魔界に居続けて、二年後死んでしまった。


 もう人間を連れ込むのはやめようと心に誓ったのだが、またしても彼女は願いを聞いてしまった。そうして、そんなことを繰り返しているうちに、魔王は若い男が好きという噂が広がってしまったのだ。


「今度の拾い物はちと面倒だな」


 死にかけた男は、元勇者に全く似ていなかった。しかし、その瞳は同じ色で、もう人間を魔界に連れ込むのはやめようと思っていた魔王の気持ちを変えてしまった。


「あやつを別の場所に捨ててしまおうか。なんでもできると言った。別の土地でも生きていけよう」


 目の前で人間に死なれるのはもう十分だと、魔王は男を別の街に捨てることにした。


「フレイヤ様」


 男はフレイヤの前に連れてこられると嬉しそうに微笑む。

 もし彼に尻尾があれば、振り切れそうなくらい振っている、それくらい嬉しそうだった。


「傷は随分よくなったみたいだな」


 フレイヤが拾った時、彼は満身創痍の状態だった。

 魔王である彼女は回復魔法など使えないので、とりあえずポーションを与えておいた。直接の魔法は効かないらしいが、ポーションが効いており、かなり元気そうだった。


「お前をフェリア国へ送る。そこで暮らすがいい。金は少しやろう」


 フレイヤは三百年生きている魔物だ。

 そのため人間の常識は多少なり心得ていた。また元勇者から人間の世界の話も聞いたことがある。

 暮らすためにお金が必要で、魔界に悪意をもって踏み込んだ人間を殺した時に持っていたお金を城に集めていた。

 フレイヤは金貨の入った袋をぽんと、男の前に投げる。


「ディランに送らせよう」

「あ、俺がですか?」

「不服そうだな」

「とんでもございません。ほら、男行くぞ」

「フレイヤ様、私はサミュエルという名です。どうか、この地で暮らすことをお許しください」

「許さぬ。金が足りぬか?それなら」

「フレイヤ様。どうか、この私をおそばに」


 サミュエルは地面に張り付くように頭を下げ懇願する。


「お前は死ぬんだぞ。人間がこの地にいられるのは二年が限界だ。命を粗末にするのではない」

「母上が珍しく拒んでる」

「ディラン。何を言うのだ」

「ディラン様。あなた様からもぜひお口添えを。あなたの大好きなプティングを毎日作りますから」

「プティング?どういうことだ。ディラン」

「あの、ですね。母上が寝ている間に、暇というものだから、ちょっと作ってもらったんですよ」

「なんだと?」

「あ、母上も食べたかったですか?」

「そんなことはないぞ!」


 プティングは元勇者がよく作っていたお菓子で、ぷるぷると揺れる様子がスライムのようで見た目も楽しいお菓子であった。

 もちろんフレイヤの好物であり、人間界に降りるとよく買って帰っていた。


「母上。いいじゃないですか。毎日プティングが食べれるんですよ!それにクッキーとか」

「お前は子どもか!」


 ディランは今年で百歳。魔物の成人は五十歳なので、とっくに成人している年齢だった。


「そういう母上も人間界に行くといつも買っているんじゃないですか」

「うるさいぞ」

「フレイヤ様。私はお菓子作りが一番得意なのです。ぜひぜひこの城で働かせてください」

「いいぞ」

「ディラン。お前が返事するでない」

「母上も無理してはいけません。若い男、しかもお菓子を作れる。母上の好みじゃないですか?しかもババ専のようだし」

「ババ専とはなんだ!」

「私はババ専ではありません。フレイヤ様だから好きなのです!」

「どこかで聞いたような言い回しだな。まあ、母上。とりあえず一か月おいて様子を見ましょうよ。ね?」

「わかった。一か月だな」


 渋々フレイヤは承諾し、サミュエルは魔王城へ一か月滞在することになった。

 もちろん、お菓子作りのシェフとしてである。






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