第2話 その男の名、サミュエル。

「母上。あの男、正気のようです」

「そうか……」


 息子ディランは目覚めた魔王に男の様子を伝える。

 来たばかりのせいか、魔界に来たのに具合悪そうな様子もなく、男は軽快にディランに話しかけてきた。内容は魔王の好きなものや趣味など、どうでもいいことを聞かれたくらいだが。

 その他得意なものがお菓子作りと聞き、大好きなプティングを作ってもらったが、今は話さない方がいいと自制した。


「母上。よかったですね。魔法を使わず母を愛してくれる若い男が現れた。父上以来じゃないですか」


 ディランの言葉に魔王フライヤは答えなかった。

 ディランの父は百年ほど前に魔界にやってきた勇者だった。

 その当時のフレイヤの外見は、人間にすると四十歳くらい。厚化粧でゴマ隠した痛々しい外見をしていた。しかしその勇者、なぜかフレイヤに一目ぼれし、結ばれ、ディランを身ごもる。

 一年後、ディランを出産し、それを見届けるようにして、父は亡くなった。なので、ディランには父の記憶はない。その当時から城で働いている魔物から、二人の様子や父の顔立ちを聞いたことがあるくらいだ。

 ディランは残念なことに父親似ではなく、母親似だ。

 フレイヤはディランの父を亡くしてから、数十年後、若い男を連れてくるという奇行は始め、今に至る。


「何か言っていたか?」

「ああ、母上の趣味を聞かれました」

「そうか」


 母の様子が少しおかしくて、ディランは心配になる。


「あの男、もし邪魔であれば殺してしまいましょうか。まあ、しばらく待てば勝手に死ぬを思いますが」


 人間であれば、魔界の空気に耐えられず二年しか生きることができない。

 長い時を生きる彼たちにとって、二年というのは短い年月だった。


「いいや、殺さなくてもい。後で、こちらに連れてきてくれるか?」

「はい」


 元から皺だらけで年寄りなのだが、さらに老け込んだ気がして、ディランは心配になってしまった。


 ☆


 頭のおかしい男、名前はサミュエルという。

 彼は小さい時から、魔王に対して憧れがあった。

 初めて魔王の話を聞いたのは五歳の時だ。

 近所の若い男が連れていかれた時の話だった。

 勘違いされているが、魔王は無理やり男を連れて行ったわけではない。男の家は貧しくて、その上彼の父が悪党からお金を借りていて、彼の妹を売らないといけないことになった。神が助けてくれなければ悪魔でもいい。どうか救ってくれ。

 そんな願いを聞いて、魔王が現れ、多額のお金を妹に渡し、男を魔界に連れ帰った。

 その話は教会の目があるので、表には出てこない。けれども貧しい人々の中では有名な話だった。

 ある時、貧しいが美しい男が上位貴族のお嬢様に気に入られた。男は当時好きな人がいなかったが、そのお嬢様が嫌いだった。というのは、そのお嬢様は気に入らないことがあるとすぐに癇癪を起し、ものを壊したり、時には人を傷つけるような野蛮なお嬢様だった。しかし、男を諦めないお嬢様は彼の家族を人質に男を手に入れた。貧民である彼が対等な立場であるわけがなく、奴隷のように扱われ、誤って彼の顔に傷ができたとき、お嬢様は男を捨てた。よかったと家に帰った男は、家族がすでに殺されていたことを知る。

 復讐を誓い、魔王であればその手伝いをしてくれると、男は魔王に願った。

 魔王が現れ、お嬢様だけでなく、その家ごと魔王は潰した。男は魔王にお礼は何もできないと自分の身を差し出した。

 他にも色々な話があって、サミュエルは魔王に会ってみたいと思うようになった。

 しかしそんな機会が巡ってくることなく、時は流れる。サミュエルは屋敷の使用人として働き、もし魔王の元に行ける時がきたら、一生懸命奉公しようと仕事に励んだ。

 サミュエルは美しい顔をしており、日ごろの労働で体も鍛えており、均整のとれた体つきをしていた。そんな使用人を令嬢が放っておくことはなく、彼は令嬢の相手をすることになった。令嬢は遊び、彼は魔王に会ったときに色々な奉仕できるようにと学んだ。

 そうして数か月後、サミュエルと令嬢の関係に気が付いた当主が、サミュエルを兵士に突き出した。当主が二人の関係を知ったのはもちろん、彼自身が見たわけではなく、サミュエルを妬む使用人の密告だった。

 兵士はひどく彼を痛めつけ、刑罰も下っていないのに、私刑のような有様だった。

 朦朧とする意識の中で、彼は魔王に会うことを願った。

 そうして彼の願いは叶った。


 

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