第4話 可愛い子猫ちゃん

 それからサミュエルは居座り続け、その期間は伸びていく。


「サミュエル。もう人間界に戻れ。私が送ろう」


 ディランは今まで、母が連れてきた人間の若い男と話すことはほとんどなかったが、このサミュエルは彼の好きなお菓子を毎日作ってくれるので、情が湧き始めていた。

 彼はばれないようにしているようだが、彼が徐々に体調を崩し始めているのをディランは知っていた。


「母も毎日、帰れといっているだろう?私が送るから」

「いいえ、私は死ぬまで」


 そう言うとサミュエルは血を吐いた。


「仕方ない」


 魔法が効かないので、荒業で彼を昏倒させるとディランは彼を部屋に連れて行く。


「母上。サミュエルを人間界に連れていきます」

「承諾したのか?」

「いえ。先ほど昏倒させました。気絶している間に人間界に連れていきます」

「それがいいな。アズエルのところへ預けるんだろう?」

「そのつもりです」


 アズエルとは魔物だが、フレイヤやディランのように人間型の魔物だった。魔法やその身体能力を見せなければ、魔物だと気づかれないので、彼女は人間のふりをして人間界に暮らしていた。

 年齢はディランと同じであった。



「アズエルにも幾分金を渡してやれ。お前もしばらく滞在してもいいんだぞ」

「私がいるとサミュエルが魔界に戻ろうとするでしょう。だから彼を送ったらすぐに戻ってきます」

「そうか、すまないな」

「けれど、母上はよろしいのですか?また別の人間の男を連れてきたり」

「するか。しばらく私は魔界にいる。もう年だしな」


 フレイヤが力なく笑い、ディランは母の老いを思い知り少し寂しくなった。

 フレイヤはすでに三百歳、高齢の魔物だ。

 若返りの魔法をこれまで使わなかったため、長く生きているが、そろそろ限界だろうとディランを思っていた。

 ほかの女の魔物は早々に若返りの魔法を使って、その寿命を減らしている。女の魔物にフレイヤのような皺皺がいないのはそのせいだった。

 ディランは母が長生きしたい理由がわからず、なぜ他の女の魔物のように若返りの魔法を使わずにいるのか不思議だった。


 ☆


 サミュエルを人間界に置き去りにして、一年がたった。

 フレイヤはずっと魔王城におり、魔界を歩き回ることも少なくなっていた。


「そろそろ、お前に魔王の座を渡す時かもしれんな」


 そう話すとき、サミュエルは悲しくなり、話題を変えてしまう。

 早く王位継承の議をしなければと思いつつ、先延ばしにしていた。

 そんな時、アズエルが魔王城にやってきた。 

 しかもお客さんを連れて。


「アズエル。なぜ、サミュエルを連れてきた」

「連れてこないとだめでしょう。これじゃあ」

「ディラン。お願いだ。フレイヤに会わせてくれ!」


 二年ぶりに見たサミュエルの外見はほとんど変化がなかったが、その雰囲気が少し違って見えた。


「サミュエル。お前随分変わったなあ。何かあったのか?」

「思い出したんだ。自分が前の人生で何者だったか」

「は?」


 魔物には魂という概念はあるが、生まれ変わりという考え方はない。死ねば終わり、それだけだ。人間の世界では、死んだら生まれ変わり、前世で罪を犯した者がいれば罪を償う。善行を詰んだ者は生まれ変わると、願った人生が送れると。


「僕はエズラード。君の父だ」

「は?どういうことだ。アズエル。サミュエルは頭がおかしくなってしまったのか。元より少しおかしいと思ったが」

「二日前、足を滑らして頭を打ってからこの調子なの。でも魔王様の恋人で、あなたの父はエズラードって名前だし。人間の魂は生まれ変わるらしいから」

「俺は信じないな。そんな話は」


 ディランからすれば信じれないのは当然だった。


「君が信じなくてもいい。ただフレイヤに会わせてくれ。あれから既に百年立っているのだろう?寿命がきてもおかしくないはずだ」

「……それをお前は知っているのだな」

「ああ」

「サミュエルには美味しいものをたくさん食べさせてもらった。会いたいというなら会えばいい。ただし、会った後はまたプティングを作ってくれよな」

「わかった。後で作る。まずは会わせてくれ」


 最近、フレイヤの睡眠時間も増え、日中昼寝していることが多かった。ディランがフレイヤの部屋を訪れるとまだ寝息を立てていた。無理やり起こすと機嫌がとても悪く、攻撃魔法を放たれるので、ディランは部屋を出ようとした。

 しかもいつの間にか部屋に勝手に入ってきたサミュエルが、当然とばかりフレイヤのベッドに近づく。


「サミュエル」


 やめておけとディランは小声で注意する。

 ディランであれば攻撃魔法を避けられるが、彼では無理だ。魔法は効かないという話であるが、ディランは心配だった。

 しかし、サミュエルは彼の心配をよそに、フレイヤとの距離を縮め、枕元まで行った。


「僕の可愛い子猫ちゃん、起きて」


 サミュエルの恐ろしい言葉にディランは愕然としたが、フレイヤはぱちっと目を開けた。


「エズラード!そう呼ぶなって言っただろうが!」


 魔王フレイヤは体を起こし、烈火の如く怒り叫んだ。

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