終章・金平頼義、裳羽服津(もはきつ)にて語らい合うの事(その一)
ーあられふる
「
周囲には多くの篝火が焚かれ、銘々に持ち寄った酒や肴に舌鼓を打ち、大いに歌い大に笑い合う。この一年の豊作を祝うために、地元の人間ばかりでなく、
「よくもまあ、飽きもせずに同じ歌ばっか歌ってられるもんだなあ」
「ふふ、今日ばかりは多少羽目を外しても、ね。なにせ今年は大変なことが多すぎました。みな日頃の疲れを晴らしたいところなのでしょう」
金平の隣で座りながら若者たちの歌声に耳を傾けていた
「
「山の佐伯」と呼ばれた人ならざる古代の樹人たちの大移動によって荒らされた田畑は壊滅的な打撃を受け、今年の収穫は絶望的と言わざるを得なかった。このままでは今年の租税を収めることができない。幸い労働力を朝廷に提供する「
古代の荒野へとその姿を戻してしまった常陸の大地が再び実り豊かな田園地帯に戻るには、二年三年程度の時間では済まされないだろう。これからは強力な指導力を持つ人物が率先して指揮をとり、国土の回復に努めなければならない。
そんな矢先に、頼義が倒れ、寝込んでしまった。
高熱を発して昏倒した彼女は、三日三晩たっても床から上がる事なく懇々と眠り続けた。「
「コイツ、こんなになるまで根を詰めて何やってやがったんだ……?」
頼義を看病しながらブツブツと言う金平に、同じく頼義の世話まわり役として常陸国に滞在し続けていた
「誰のせいでよっちゃんがこんなに苦労していたと思っているんですかこのバーカ。よっちゃんがここ数ヶ月夜中じゅう一睡もしていなかったのは誰のせいだかも知らずにこのアンポンタンー」
真顔でぽこぽこと頭を叩く影道をなんとかなだめて、金平は改めてことの真相を聞き出した。
「
「な……!?」
影道の指摘に金平は絶句する。改めて考えてみれば当然の事だった。強大な魔力を持つ存在がいれば、その力を取り込み己が物としようとする魔物の類が集まってきてもおかしくはない」
「で、でも、そんな気配はちっとも感じなかったぞ、夜だって……」
「だ・か・ら、
「毎晩」と言う言葉を発するたびに金平の胸板に拳を叩きつける影道仙の言葉も虚ろに聞きながら、金平は呆然と当時の頼義の様子を思い出す。確かにあの頃の頼義はいつもの彼女らしくなく集中を欠き、こちらの発言も上の空で聞いていたりする事も確かに多かった。あの頃は壊滅した筑波郡の立て直しに奔走したり、父
(自分はそんなことも知らずに、呑気に
金平は今更ながらに己の不明さに頭を抱えた。自分の知らない所で、頼義は自分と
それから後、ようやく目を覚ました頼義に向かって、金平は額を床板に擦り付けるようにして土下座をした。それだけでなく、己を罰するかのように何度も何度も床板に頭を打ち付け、ついに羽目板をぶち抜くまで繰り返し頭を叩きつける姿を見て、
影道仙に事情を説明された頼義は、金平に対してそれ以上何も言わず、いつも通りの態度で接した。金平もそれ以来いつも通りの彼に戻っていたが、主人に対する献身性は以前より一層近しく、ひたむきなものになっていった。
「雨降って地固まる、とうやつですね。何はともあれめでたしめでたし、かな?」
そう言って笑った
一言の挨拶もなく風のように去っていった、頼義にとって数少ない同年代の女友達との別れを彼女は惜しんだが、またいつか、奇異な縁で再び巡り会うであろう事を、頼義は肌で感じ取っていた。
さて、目を覚ました頼義に待っていたのは目の前に積載された大量の書類と各地から届いた訴状の束であった。筑波郡を始め常陸国各地で陸奥国との戦で被害にあった役所や
その中でも一番の問題は今年の税収だった。荒らされた田畑からは満足のいく量の収穫は望めない。このままでは律令によって定められた量数の農作物を収められないのは明白だった。他国から買い付けるなり、他の代用物で朝貢するするなりと、頼義は父を助けてあれこれと手を講じた。
そんな時に、頼義の任地である筑波郡役所より奇妙な知らせが届いた。
頼義が知らせを受けて金平と共に筑波郡へ赴くと、そこで目にしたものに頼義も金平も唖然として我が目を疑った。
そこには、天に届かんばかりにうず高く積まれた、さまざまな農作物の山だったのである。
麦、豆、芋、栃や栗などの木の実、野菜に果実、大小さまざまの山の幸がそれこそ背後にそびえる筑波の霊山に劣らぬ巨大さで二つ三つ四つと、麓の平原に立ちそびえていたのである。
「な、なんだってえんだこりゃあ?これが、一晩のうちに現れたってえのか?」
金平が驚き呆れて地元の人間に問いただす。村人たちも訳がわからず首を縦にしたり横に振ったりと何を言いたいのかさっぱり意味が伝わらない。
「なに、『アイツら』のせめてもの侘びのつもりだと思ってくれ。あいにくアイツらは稲作なんて知らねえからよう、米だけはどうしようもなかったが、これだけあれば幾らかの足しにはなんだろ。いや、オレもこのような方法で来るとは思ってもみなかったんだけどさあ……」
そう言って、呆然とする頼義たちの前に現れた
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