終章・金平頼義、裳羽服津(もはきつ)にて語らい合うの事(その二)
あの時、
はずだった。
日を置いて改めて経範の亡骸を
「ぎゃー!!!」
と金切り声をあげて、甕棺を運んでいた下男たちが腰を抜かす。思わず手放したために勢いあまって派手な音を立てて棺が地面に叩きつけられると、中から「痛えっ!?」という声がして、油紙から突き出たボロボロの腕がせわしく暴れ出した。
それを見て参列していた頼義と金平が反射的に手にした儀礼用の太刀に手をかける。「鬼狩り紅蓮隊」として様々な魔物たちと刃を交してきた彼らである。その中には人間の死体を動かして操る邪法を使う者もいた。
「さては哀れ経範、忌まわしき
何の迷いもなく二人が暴れる甕棺に太刀を突きつけようとする。その直前、咆哮と共に甕棺が破裂し、四散した。
「待った待った斬るな斬るな、オレだ、経範だ死んでない!生きてる、生きてるから!!」
「…………へ?」
水気が抜けて土気色にその肌をカサつかせてはいたが、確かに生きている経範本人のようだった。
「経範……どの?生きて、おられたのですか!?」
あまりに非常識な再登場の仕方に、さしもの頼義も口をあんぐりと開けて呆れかえってしまった。
「いてて。出羽軍の連中のやり口があまりにもアレなもんだったからよう。、これ以上の交渉は無用と思って早々に自分で息の根を止めてたんだ。マトモじゃねーぞアイツら、およそ真っ当な人間の思考じゃ会話が成り立たねえ、
悪態をつきながら経範はそう語った。どうやら出羽軍の拷問があまりにも執拗だったために、その場から放り出されることを期待して彼は自分からあえて仮死状態となり、その場をやり過ごしたものらしかった。
「とは申せ、五体バラバラに切り刻まれでもしたら終わりだったので賭けではあったんだけどさ。まあこんなザマにはなっちまったが、なあに気にするこたあない。月が満ちればまた元に戻る。へっ」
生きていたとは言え、その両目は潰され、手足の腱も切られて動くことも出来ない経範だったが、その声は明るく元気で、むしろ能天気なくらいであった。
実際、月が満ちるに連れて彼の体調は見違えるほどに回復し、満月を迎える頃には欠損していた腱も両目もすっかり元の通りの健康体に戻ってしまった。その呆れるほどの不死身ぶりに、改めて
「だがまあ、この『呪い』もオレの代で最後だ。そうしたいと思っている。今まで我が一族はこの力を維持するために近親婚を繰り返し、血の濃度を保とうとしてきた。その事がより一層『月の狂気』を際立たせる要因であったのかもしれない。これからは積極的に新しい血を迎え入れ、より強い、より逞しい血脈を作っていきたいと思う。というわけで大将よう、誰か良い女紹介してくんない?」
大真面目な顔をして頼義に迫る経範に、頼義も苦笑しつつも、頼もしい仲間の生還を心から喜んだ。
国府の官人を殴りつけて重傷を負わせた経範の罪科は、その官人が回復して仕事に復帰できるようになるまでの間、経範がその仕事の一切を代行する事でその償いとするように採決が下された。完治まで半年かかるか一年かかるかわからぬが、その間タダ働きである。慣れない役所仕事に苦戦する経範だったが、見方を変えれば
その経範が、自分の血族に連なる「山の佐伯」たちの代表として再び頼義の前に現れた。あの大きな樹人たちは、「かぐや姫」が天に帰って行ったのを見届けると再び忽然と姿を消してしまった。後には無残に荒らされた田畑が残るばかりだったが、どうやらこの大量の山の幸はその損害を補填するという意味で「山の佐伯」の樹人たちが持ち寄ってくれたものらしい。確かにこれだけの量があれば今年分の租税をやりくりする事ができるかもしれない。頼義は経範と「山の佐伯」のはからいに感謝し、早速行動を開始した。
まず父頼信と相談し、脱穀できるものは脱穀し、加工できるものは長期保存に適した状態に可能な限り加工を施した。常陸介頼信は国府に備蓄していた御蔵米を全て開放し、そのほとんどを租税に宛てた。当分領民も自分たちも白いご飯には有り付けないが、おかげでなんとか体面を保てるだけの租税を納める事が出来た。
余剰分は惜しみなく領民に分け与えられた。中でも大豆はそれでもまだ有り余るほどに大量にあったので、処理に困った頼義は、ひとまず蒸し豆にしてから収穫の際に大量に出る稲藁で包み、特に要望の多かった水戸の住民に下げ渡し、その保管を任せた。
半年後、視察に来た頼義は水戸の高倉に収められていた物を見て大いに驚く事になるのだが、彼女がそこで何を見たのかは敢えてここでは記さない。
租税については何とか目処がついたが、年が明けて春になればまた新たに田を起こして土地の開墾に取り掛かるという大事業が待っている。その際に必要になる種籾や種芋は、なんとも意外な方面から援助を受けることになった。
その日、国府の常陸介に送られてきた書状には、格安で種籾を貸し付けてくれる旨の内容が書かれていた。
書状の差出人の名前は……「
その事を「
あの紛争によって大軍を失い、拠点である
互いに決して相容れぬ仇敵同士、いずれはまた決着をつけるために鉾を交える日が訪れることは疑いようのない間柄である両者だが、それでも金平はあの陸奥の連中の見せる素朴で野卑で、それでいてどこか気のいい雰囲気が決して嫌いでは無かった。
金平は「
そして親は子に、子はまたその子に語り継いでいくだろう。うつぼの中から生まれ、月に帰っていた姫様と不老不死の薬の物語を。
「生まれ、生まれ、生まれ、生の始まりに
「え?」
金平の独り言に頼義が顔を向ける。
「いや、なんでもねえ……」
「……そう」
人のまばらになった夫女ヶ石の大舞台の篝火を、二人は黙って静かに見つめている。
頼義が立ち上がって裾の埃を払いながら言った。
「さあ、私たちも行きましょうか、金平」
頼義は金平に向かってその手を差し出す。
「ああ……あ!?え、お、お前、俺とか!?」
何気なく受け答えしていた金平は、頼義の言葉を改めて聞き返して心臓が飛び出た。
「い、い、い、行くってお前、そりゃあ俺は……いや、お前はいいのか、その……」
金平は一気に酒の酔いも冷め、冷や汗をかくやら顔を紅潮させるやらと忙しく表情を変えながらしどろもどろになって頼義に返答しようとするがロクに言葉をまとめられない。
「はあ?何を言っているのです金平?さあ、
「へ、帰るの?」
「
そう言って涼やかな笑顔で頼義は金平に顔を向ける。その笑顔を見て、金平もふっと心がほぐれる思いがした。
「へいへい、どこまでもお伴しますよお殿さま。たとえ火の中水の中でもなあ」
金平が彼女の手を取って強く握り締める。一度は離しかけたその手だったが、もう二度とその手を離すことはすまい。そんな思いを込めて、金平は改めてその手を強く握り直した。
雲ひとつない夜空に浮かぶ満月が、手をつないで歩く二人の姿を優しく、見守るように照らしていた。
鬼狩り紅蓮隊〜富嶽幻像〜 完
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