丹生都比売(にうつひめ)、神名を名乗るの事

「おい、今のは……今のはどういう事だ?アイツは今なんつった?まさか……」



坂田金平さかたのきんぴらはまだ呆然とした表情のまま顔も向けずに隣の影道仙ほんどうせんに聞く。彼女も同じように呆然としてはいたものの、それでも冷静に今「金色の丹生都姫」が名乗った名について語り始めた。



「思えば、初めから全ては繋がっていたんです。佐賀の浦に始まり、讃岐、紀伊、富士、そして再び佐禮さが流海ながれうみからこの筑波に辿り着いた『徐福じょふく』の足跡は、弘法大師こうぼうだいし空海くうかいの手によって『丹生都にうつひめ』が眠りについた事でその物語の完成を見た……」



取り憑かれたように影道が呟く。金平にはまるでわからない。



「だから、なんだってえんだよ!?空海は何をやろうとしてたんだ、なんで空海はをあんなとこに閉じ込めて眠りにつかせていたんだ!?」



金平は影道仙に噛み付く。空海聖人がとどう関係があるのかは説明を受けていない金平にはわからない。だがそんなことはどうでもいい、どんな内容でもいいから、とにかく自分を納得させるだけの説明をしてほしい、金平が願うのはただそれだけだった。



「小僧、それに陰陽師も、まだそんなとこにおったのか!?」



どこからともなく「八幡神」の声が聞こえた。気がつけば二人の周囲には無数の常陸ひたち軍兵士たちによって囲まれている。いつのまにか後退した味方の陣に飲み込まれていたようだ。



「おい陰陽師、アレは『丹生都姫』なのか?『三月ばかりになるほどによき程なる人になりぬる』とはいよいよもってではないか」


「!?ハチマンさま、彼女の正体を……!?」


「おう、わからいでかよ。小僧にちゃんと説明してやれ」


「なんだ?どういうことだおい!?」



詰め寄る金平に、影道は空海と丹生都比売の関係を初めから説明する。空海が徐福の遺志を継ぎ、「讃岐造さぬきのみやつこ」と名乗って金丹きんたんの研究を密かに行なっていた事、その空海自身が「丹生都姫」を富士から筑波へ連れ出し、そこで「山の佐伯」たちの協力を得て彼女を眠りにつかせた事……そこまで話を聞いて金平は理解はしないまでも納得はしたようだった。



「で、それがなんで『讃岐』と関係があるんだよ?空海はなんで『山の佐伯』にそんな名乗りを上げたんだ?」


「簡単な話です。空海聖人は讃岐国の出身なんですよ。彼が出家する前の俗名は……『佐伯さえきのあたい真魚まお』と言います。


「……!?……だと!?」



金平が驚きのあまりに絶句する。



「そうです。佐伯氏は古代に東北地方から俘囚として朝廷に召し出され、讃岐さぬきの国造くにのみやつこの保護下に置かれ、阿波あわの若杉山などで辰砂しんしゃの採掘などを手がけていました。後に『佐伯直』というかばねは讃岐国造自身にも与えられるようになります。空海聖人の一族こそが『讃岐国造』そのものなんですよ」


「佐伯……それで『山の佐伯』』と……」


「そういう事。金平、あなたはまだ気づかない?竹というから産まれ、讃岐造に育てられ、不老不死の仙薬を持つ月の姫の物語を私たちは知っている。そう、誰もが一度は耳にしたことのある……!」


「……!そうか、それで……!」



金平もようやく全てを理解した。改めて天を見上げて悪路王あくろおうの手に乗る彼女の姿を見る。目を合わせた彼女は優しい瞳で静かに微笑みかけた。



「今一度宣する!山の佐伯よ、今こそ我が言の葉に従いて立ち上がるべし、我が神名かむなは『』、讃岐造との約定を忘れなかりせば、今こそその約定を果たす時なり!!」


「……!?」



その言葉を聞き、その名を聞いたものは皆驚きに手を止め、声を失い、ただ天に立つ聖女の姿に見入った。その直後、地の底から響き渡るような地響きと共に、


森が、動き出した。


地震ではない。筑波山の噴火でもない。ただ、その場にそびえる樹海を構成する無数の樹々が……


土を掻き分けて現れた根は足となり、大きくしなる枝は腕となり、深く刻まれた幹の木肌はそれぞれに皆違った顔となって浮かび上がった。


動き出した樹木たちはまるでそれ自体が人間のように立ち、歩き、喋り出した。



「なよ竹のかぐや姫、我らが月の盟主よ。時ここに至れるならば、讃岐造との約定どおり貴女様をお守りいたす。姫様がその瞬間まで、我ら山の佐伯、最後の一樹となるまでお仕えいたし申す。まずは……聖地を荒らす不届き者、そなたらに誅罰を……!」



樹木の中でもひときわ巨大な千年樫の古木が変じた「山の佐伯」の一人がそう宣言すると、それに呼応して背後の樹木たちは一斉に常陸軍を囲い込みかけていた陸奥むつの軍勢に襲いかかった。



「な、な、な……なんですかこりゃあ!?」



突然現れた巨大な「樹人」たちに囲まれて、影道仙は大口を開けてそれ以上二の句も告げずにいた。それは周囲にいた常陸軍の兵士たちも同じだった。わかっていることは、今まで圧倒的に不利だった戦況が、彼らの登場によって一気に逆転したということだった。



「何を惚けておる?さっきから『山の佐伯』と名乗っているではないか。それとも何か、そなたら?」



後ろから「八幡神」が意地悪そうにニヤニヤしながら言う。



「し、知るわけないでしょうそんなの!!そりゃあ確かに『いにしへ、いはも木立も言葉ことのは多く……』なんて表現は『常陸国ひたちのくに風土記ふどき』でも頻繁に使われてる常套句ですけど、まさか、だなんて!?」



影道仙が頭を抱える。それを見て「八幡神」は大いに笑いながらその頭をクシャクシャと撫でた。



「さてと、形勢逆転じゃ。この流れに乗って一気に奴らを追い払ってやるとしよう。おい頼信よりのぶ、まさか貴様の『二の手』とはコレの事であったか?」


「……まさか、このような突拍子もない事、戦略の範疇に入りませぬ」



総大将頼信は苦い顔をして答えた。



「で、あろうな。では貴様の次の手が奴らにとどめを指すことになろう。お、そうだその前に……おい、小僧」



ついっと行きかけた「八幡神」が急にその足を止めて振り返り、金平に向き直った。



「貴様の処遇がまだであったわ。おい、膝を落とせ小僧」


「何だよコラ、ケンカ売ってんのかこのヤロウ!?」



そう怒りながらなぜか素直に膝を折る金平に「八幡神」はその両手を金平の頬に添える。そのまま金平に顔を近づけていく。



「お、おい……」



動揺する金平をよそに「八幡神」はそのまま顔を近づけていき……


その額に向かって盛大に頭突きをかました。

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