月姫、降誕するの事
筑波山の山頂が白い炎に包まれていく。火炎は収まる事なく煌々と白く輝く火炎を焚きつけながら七色の怪しげな極光を天に向かって発していた。
「おい、今お前なんつった!?」
「だだだ、だ、だから、あそこに、
「今起こった状況と金平の鬼気迫る顔に完全に
「ぐああああああ!!テメエ、テメエっ……!!!」
何度も何度も、何度も何度も金平は悪路王に向かって斬りつける。当の悪路王は役目は終わったと言わんばかりに身動き一つせず金平に斬られるがままに任せている。その手足には無数の切り傷ができていったが、それでも悪路王を倒すには到底至らない。
「テメエ、テメエ……このやろおおおおおおおおお!!!!!!!」
口から血の泡を吹き出しながら狂気の
「返せ、返せ……返せよおおおっ、テメエ、
永劫に続くかのように金平は悪路王を斬りつける。その剣鉾に悪路王の纏う溶岩から火が燃え移り、その柄を焼き、最後には金平の腕そのものを焼き始める。それでもなお金平は斬撃を止めない。
とうとう燃え尽きた剣鉾の柄が音もなく二つに折れた。
「くっっっそおおおおおおおお!!」
剣鉾を投げ捨てた金平が燃える自らの拳で悪路王を直接殴りつけようとする。流石の影道仙もその蛮行には思わず目を覆った。
(……やめて!!)
声を、聞いた。金平が思わず振り上げた拳を止める。
(やめて……!もうその子をそれ以上傷つけないで!お願い……
「…………!?」
聞き覚えのない声だ。どこからともなく聞こえてくる女性らしき声は間違いなく金平は初めて耳にする声のはずだった。それなのに、それなのに金平は一声聞いただけでその声の主が誰であるかをすぐに理解した。
光が、降ってきた。
筑波山の山頂でゆらめく白い閃光から噴き上げる光の粒子が、雨のようになって地上に降り注ぐ。金平も影道仙も、息を飲んでその光の雨を身に受けながら天を見上げた。
悪路王が再び動く。ゆっくりと立ち上がった悪路王は、その光の雨を受けるように両手で椀の形を作った。その掌の中に光の雨が集まって行く。
「あれ……は?」
影道仙が無意識につぶやく間にも
一本、また一本……
無数の光の糸が空中に散華し、再び光の粒子となってやがて消えて行った。残された悪路王の掌の上には
長裾の白衣を身に纏った一人の女性が、全身から光を放ちながら憂えるような瞳で地上を見下ろしていた。
「お前……お前は……」
虚ろな目で金平は女性を見つめる。悲しげな眼差しのその女性は、一度目を閉じ、再び開くと今度は打って変わって強い意志にみなぎった力強さで高らかに歌い上げた。
「筑波の者よ、山の民よ、山の佐伯と呼ばれし我が眷属よ。我は再び生まれり、
光に包まれた女性の宣言は終わった。それを聞いていた金平も影道仙も、ただただ呆然として一言の声も出すことができなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
圧倒的な兵力差の中でも必死になって均衡を保っていた
その隙を逃さず
「見よ!悪路王は我らが味方ぞ!!あの神撃の光弾こそ我らが守護神の怒りの鉄槌よ!みな悪路王に続け、我らを
勢いづいた味方をさらに鼓舞するように全身傷だらけの
元より兵力の差では遥かに常陸軍を凌駕する陸奥軍である。一度形勢が傾けば後は一方的だった。常陸軍は堪えきれずにズルズルと後退し、例の樹海の壁に押し付けられるような形にまで追い詰められた。
「これは、いかんな。いよいよ覚悟の決めどころかもしれぬなあ
「…………」
本陣にまで押し寄せる敵兵をかわしながら「八幡神」が総大将である源頼信に話しかける。幸い樹海を背後にしているおかげで囲い込まれて殲滅される心配は無かったが、それでも数の差で押し潰されるのは時間の問題であった。背後の森林からザワザワと無数の怪しげな気配が「はちまんしん」の背中を騒つかせる。
(ふふん、この気配、おるのだな……山の佐伯どもめ、我らの断末魔を見届けようという魂胆か?)
「八幡神」が背後を睨みつけながら苦笑するように口の端を歪める。その間にも次々と味方の兵が倒されて行く。
(もはや、これまでか……)
さしもの頼信も半ば覚悟を決めかけた時、あの悪路王がゆっくりと再び身を起こし、立ち上がった。その手にはどこから現れたのか、金色に輝く神々しい女性の姿が見えた。
その一種異様な光景に、勢いづいて殺到した陸奥軍の兵士たちもその足を止め、炎の巨人と金色に光る姫君の姿に目を奪われた。
金色の女性が何かを言っている。その言葉は最奥の兵士たちには届かない。しかし、その異変はすぐに後方にまで伝わってきた。
「こ、これは……これはなんだ!?」
後方の陸奥軍兵士が口々に叫んだ。最前線の陸奥軍が波に飲まれるように次々と薙ぎ倒されていく。数の上では圧倒しているはずの友軍がまるで津波に巻き込まれたかのように次々とその陣形を崩壊させていく。その先にいる、突如現れた「敵」の姿を見て、後方の陸奥兵たちは驚きと恐怖の声を上げた。
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