乱戦、終息するの事

……今は昔、竹取のおきなといふ者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。名をば、さぬきのみやつことなむ言ひける。その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてたり……


現代まで伝わる、日本人ならば誰もが知っているであろう「竹取物語」の成立年代は定かではないが、十世紀ごろにはすでに現在とほぼ変わらぬ形で物語は完成されていたらしく、頼義よりよしたちとほぼ同年代を生きた紫式部の「源氏物語」の第十七帖「絵合えあわせ」の中でも「物語の出で来はじめの親なる竹取の翁に……」と「竹取の翁の物語」について言及している箇所が見受けられる。


その物語の主人公ヒロインである、伝説の月姫が、今ここにいる……!?



ちゃん……丹生都にうつひめが……かぐや姫……?」



自分でもそう推察し、半ば確信を持って回答に挑んでいた影道仙であったが、それでもいざ真実を目の当たりにして、未だもってその事が信じられないという思いでいっぱいだった。


周囲の喧騒をよそに、影道仙ほんどうせんはまだ呆然と立ち尽くして「かぐや姫」を見上げている。


そんな彼女に、「かぐや姫」は静かに微笑んだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「怯むな!狐狸こり妖怪何するものぞ、かような幻術妖術に惑わされる我らではないっ、引くな、打てーっ!!」



混乱し、四散する陸奥むつ国軍の兵士たちに、総大将安倍忠良あべのただよしは怒号を挙げて命令を下す。それでも勇敢な幾人かは向かって来る大樹の巨人に矢を射たて、槍で突き刺そうと突撃を繰り返した。しかし矢が刺さってもその幹を貫けず、槍が刺さってもその穂先は虚しく枝葉の間をすり抜けるばかりであった。体格と自重の差は如何ともし難く、人間に過ぎない陸奥軍の兵士たちはまるで歯が立たず、挑んでは敗走を繰り返していた。



「怯むなあっ、火だ、火矢を放て!油を撒け、松明を投げろ!所詮はただの木だ、燃やせばたちまち炭となろう!!」



逃げ出す兵士たちの襟首を掴んで忠良は号令する。自ら松明を何本も放り投げてはまた松明に火をつけるを繰り返す。それを見た兵士たちも総大将に倣って火矢を打ちかける。初めて前線の「山の佐伯」たちが歩みを止めた。



「見ろ、奴らは火を恐れているぞ、何や恐怖することやあらん!詰まる所はと同じよ、休むな、このまま一気に奴ら全体を火あぶりにして肥料に変えてしまえっ!!」



いったん冷静さを取り戻した陸奥軍のその後の行動は迅速だった。即座に隊列を組み、前列は火矢を放ち、後ろに待機する者が次々と矢に火を回して射手に渡す。たちまち整然と陣を組んだ陸奥軍は休むことなく火攻めを繰り返し、劣勢を盛り返しに掛かった。


そして、その行動こそが陸奥軍の敗北を決定的なものにした。


そのまま後ろを向いて逃げ続けていれば、あるいは「佐禮さがの流れ海」に停泊している船団にまで辿り着いてそのまま逃げおおせることもできたろう。だがここで逆襲のために足を止め、陣を固めた事が致命傷となった。


ここは常陸ひたち領である。敵地である。をなぜ指揮官は想定しなかったのか。


筑波山の山裾の緩やかな丘陵地帯を越え、怒号を挙げて歩兵隊が殺到したのに陸奥軍総大将安倍忠良が気付いた時には、もうすでに「彼ら」は突撃体制に入っていた。



「なあっ!?バカな、どこに兵隊を隠し持ってやがったんだよ聞いてねえぞこの野郎!?」



全く予想していなかった伏兵の出現に指揮官の忠良が真っ先に泡を食ってしまった。対応が遅れた陸奥軍は少数の軍勢に成す術なくその横腹を無抵抗に切り裂かれていった。



「間に合うたか……」



それまで渋い表情を崩さなかった常陸軍総大将源頼信みなもとのよりのぶは、そこで初めて安堵のため息を漏らした。頼信の目にも突撃隊の旗印がよく見える。「丸に梅鉢」の家紋が墨痕ぼっこん鮮やかに染め抜かれたのぼりを立てた武士団が頼信の前に参上する。



「馬上にて失礼つかまつる。我ら『鎌倉党』、義によって助太刀いたす。先にみなと貴奴きやつらに取られておったゆえ遠回りとなって遅参した非礼、お詫び申し上げる」



馬上から挨拶を交わす鎌倉党の党首、村岡むらおかの次郎太夫じろうだゆうこと平忠通たいらのただみちは頭を下げる。その後ろからひょっこりと顔を出した盟友、碓井うすいの貞光さだみつが白い歯を見せて笑顔を向けた。



「次郎太夫どの、貞光どの、御助成感謝申し上げる。次郎太夫どのはお身体の方はもうお元気なご様子で何より」



かつて鬼となった者の呪いを受けて瀕死の状態に陥った平忠通は、今ではもう回復して相模の武士団を束ねる棟梁として健在のようである。「頼光らいこう四天王」の一角たる碓井貞光の方は、その武名にそぐわぬ飄々とした態度で相変わらずの軽口を頼信に投げている。



「なんのなんの、先年お世話になった恩返しよ。相手が陸奥となっちゃあ儂らも黙っちゃおられんしなあ。あの時散々暴利を貪りやがった報いをたっぷりと受けてもらうぜえ。じゃあな、話はまた後だ」



そう言って騎馬の貞光たちは踵を返して敵陣に向かって駆け出していく。



「全軍、陣形を整え次第援軍の襲撃に合わせて突撃を開始する!これが最後の戦闘となる、総員心してかかれっ!」



頼信の号令と共に常陸国軍の兵士が一斉に行動を開始した。



「成る程、これがお前の『二の手』かよ頼信。実に教本通りのクソつまらん戦略よの」


「…………」


「ふふん、援軍の要請など、昨日今日思いたって出来ることではあるまい?さては貴様、初めから陸奥とはひと戦始めるつもりで支度を整えておったな、その上で『私』の独断専行をあえて許して戦端を開かせたか。まったく、食えん奴よ」



そう言って「八幡神」はニヤリと笑みを見せる。その肩には坂田金平さかたのきんぴらが担ぎ上げられている。あの少女のか細い体格でどうやってあの巨体を軽々と持ち上げているのだろう。



「その者は……?」



頼信が担がれた金平の事を尋ねる。



「なに、ちょっとした『天の岩屋戸』の再現よ。今頃向こうで頼義あやつと向かい合っておるじゃろうて。無事『岩戸開き』して目覚める頃には……『私』も『彼方』に帰れるのかのう」



そう言って少し不安げな顔をした「八幡神」は担いだ金平の頬をピタピタと軽く叩いた。

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