奥羽連合軍、肉薄するの事

出羽でわ陸奥むつ連合軍が大挙して大船団でもって内海を侵入し、たちまちの内に国府石岡に迫る勢いで陣を敷いたという噂は、ここ筑波山の麓にある「大御堂おおみどう」こと知足院ちそくいん中禅寺ちゅうぜんじにもすぐさま知れ渡った。寺内はその話で持ちきりで己が身を守らんと寺僧たちは上を下への大騒ぎとなっていた。


そのため、騒ぎに紛れて大御堂の千手観音像の台座の下から三人の男女(と一羽?)が突如として現れ、そのままノコノコと歩いて外へ出て行ったことにもまるで気がついていない様子だった。



「いやいやいや、本当に外に出たら全然違うところにワープしてます。これはびっくり、まさしくここは麓の『大御堂』。一体どんな仕掛けでこんな事が可能なのかぜひとも解明したいところです」



影道仙ほんどうせんが大きな目をキョロキョロとせわしく巡らせながら驚嘆する。後ろからついてきた佐伯経範さえきのつねのりも自身の体験した不可思議な現象に目を丸くしている。そんな中「八幡神はちまんしん」は一人堂々と寺内を闊歩しながら、慌てふためいている若い僧をひとり捕まえて事の次第を聞きただした。


なんでも、未明になって突如内海に大船に乗った大軍が押し寄せ、問答無用に上陸してその場に陣を敷いたのだという。驚いた茨城いばらぎ郡衙ぐんがの役人がすぐさま赴いて退去を命じると、彼らは弓矢でもってその役人たちを追い払い、こう宣言した。



「我ら奥州及び羽州相揃って常陸国ひたちのくにの火急の危機にお助けいたすべく馳せ参じ候。かかる『悪路王あくろおう』なる不貞の怪物に蹂躙され壊滅した常陸国府に代わって我らが当国の治安維持に当るゆえ、皆すべからくこれに従うべし。朝廷よりの宣旨せんじも受け賜わりてそうろう、皆して大人しく我が意に従うべし」



と。


その話を聞いて「八幡神」が渋い顔をする。



「なんともまあ、準備の早いことよ。昨日の今日ではないか。連中さては元よりそのつもりで支度を進めておったか。奴らめ、悪路王が丹生都にうつひめを求めて常陸国内を踏み荒らすのを見越して火事場泥棒よろしくこの国を丸ごといただこうという算段か」



「八幡神」の説に影道も経範も呆れた顔で互いを見合わせた。



「そんな……!?そんなのただの侵略行為じゃねえか!?いくらここが辺境の田舎でもそんな無法が許されていいわけねえだろ!?」


「そうは言うてもあちらにしてみれば先に手を出したのは『私』の方だがな。はっはっは、してみるとあれは連中に軍を動かす絶好の口実を与えてしまったことになるなあ」


「そんなのんきなことを……」


「うむ、いやまあ、それにしても手が早い。あやつら、とうに中央にはたんと鼻薬を嗅がせて自分らに都合の良い詔勅しょうちょくをすでに手中にしておるのであろう。まったく、いつの時代も変わらず朝廷のクソどもは目先の賄賂に弱いものと見える。まあどうせあの晴明セーメーとかいう方術士の手引きであろうが。のう陰陽師どのよ」



「八幡神」はそう言って影道仙の方に向かって意地悪い笑みを浮かべる。おそらくは「彼」の言う通りであろう。陰陽師安倍晴明あべのせいめいは己が目的を果たすために同族のよしみで中央に働きかけ、安倍氏の常陸攻めに対する免罪符を仲介したものと見える。その返す刀でこちらにも律儀にその危機を伝えて来るところに、彼の真意が読めずもどかしい気持ちになる。



「オッパイ!オッパイ!アト意外ト太腿トカモ好キ!」


「それはもういいから」



影道仙の肩に乗って辺り構わず猥語を連呼する使い魔に彼女が冷静に突っ込む。その手慣れた応対を見るにどうやら日常茶飯事であるらしい。



「ふん、まああの狐の半妖の真意なぞは別にどうでも良いことよ。まずは本陣に急ぐとするか。連中、おそらく悪路王が国府の石岡を通過する頃合いを見計らって兵を進める算段であろう。先に『常陸国が怪物によって壊滅した』という既成事実をでっち上げてから自分たちでその蹂躙を実行するなぞまどろっこしい事この上ないが、まあ周到ではあるかのう」


「えっ、じゃあ中央では書面上ではすでに『常陸は壊滅』という事になっていて、それに合わせるために本当に常陸国を攻めてるって事ですか?順序が逆じゃないですか、そんな無茶苦茶いくらなんでも」


「とはいえそれを否定できるだけの客観的な記録など残ってはおるまい?後からノコノコと検分に来た所でどちらが先かなぞ確かめようもないわ」


「ああそうかー、写真も映像もないんだから証明できる手段がないのか、なんてこったいですう」



影道仙がショボンとした表情でうつむく。



「お主、ずいぶんと便利な世界で生きていたようじゃのう。だがこれがこの世界、この時代のやり口よ。その限られた条件の中でなんとかせねばのう」


「むう、頭の中にその知識はあるのに、それを実現するための技術がないというのは実にもどかしい気持ちです。私や卜部季春うらべのすえはる、十二神将たちが意味はなんなのかとちょっとお師匠様を恨みます」


「?」


「なんでもないです、こちらの事です。さあ急ぎましょう、石岡で常陸介ひたちのすけ様が敵に対抗するための陣を敷いているはずですっ!!」



何やら意味不明な独り言を続けていた影道仙はかぶりを振って自分の両頬をピシャリと叩くと、経範たちを先導して走り出した。

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