山の佐伯、道を開くの事

悪路王あくろおうと「八幡神はちまんしん」たちの追いつ追われつの追跡劇は夜を徹して行われた。事前に先回りして佐伯経範さえきのつねのりが半ば脅すようにして行く先々に点在する村の住民を避難させていてくれたおかげで人的被害はどうやら皆無で済みそうではあった。その道中悪路王が破壊した田畑や建造物の被害は想像するだに恐ろしいが、それは「自分」が気にすることではないと「八幡神」は涼しい顔でいる。


明け方近くになり、背後がようよう白じんできた頃に一行は筑波山の麓までたどり着いた。途中追い抜いた経範と兵士たちに悪路王の足止めを任せ、自らは馬をかっ飛ばしたおかげで悪路王との距離はだいぶに稼げたはずである。とはいえあまり時間をかけてもいられない、悪路王がこの筑波山と「丹生都にうつひめ」を求めてこの地へやってくる事は疑いようがない。奴が到着するまでになんとか打開策を講じねば、これ以上の国内の蹂躙はそれこそ常陸国ひたちのくに存亡の危機に瀕してしまうだろう。


「八幡神」と影道仙ほんどうせん、そして後から追いついた佐伯経範の三人は馬を降り、密林の前に立った。麓は変わらず「山の佐伯」たちがかけたと思われる樹木の結界によって行く手を固く閉ざされたままである。



「さて、いかがいたす?」



「八幡神」の問いかけに影道はこわばった笑顔を見せて「まかせろ」と合図をした。彼女は深く息を吸い込んだ後、声を張り上げて言った。



「山の佐伯、野の佐伯よ、この地に最も古くより住みたもうの種族よ、『讃岐さぬきのみやつこ』の名においてそなたたちに願う、道を開けよ!繰り返す、我は『讃岐造』の遺志を受け継ぎし者、『丹生都比売』と『不二ふじの仙薬』を守護せし者なり、どうか、道を……!」


「讃岐……?」



影道仙の予想だにしない名乗り上げに経範は訝しげな顔を見せた。確かに「山の佐伯」たちは経範に「国造との約定のため」と言ってはいたが、彼らがはるか遠く、四国讃岐国とどう繋がるのか経範には理解ができなかった。



「その辺りの説明は追い追い。ほら、動きます……!」


「!?」



影道の言う通り、あれほど固く閉ざされていた樹木の迷宮がざわざわと動いて道を開けた。



「……これは!?」


「あ〜よかったあ、これで開いてくれなかったらもうお手上げでした。でも、開いたという事はつまり私の説はほぼ間違いない、という事ですね、よしよし」


「どういう事だ一体?なぜ彼らが縁もゆかりもない讃岐国さぬきのくにの者との約定を守っていたというのだ?」



細長く続く樹木のトンネルを潜りながら佐伯経範が影道仙に聞く。彼女は慣れない山道に難儀しながら答えた。



「この半月あまり、私はずっと書庫にこもって常陸国の地誌や寺社の社伝などを漁り尽くしました。もちろん、ここ筑波山についても。金平が山頂で発見した仏像、あれはおそらく『十一面千眼千手せんげんせんじゅ観音かんのん』、麓にある真言宗の寺院『知足院ちそくいん中禅寺ちゅうぜんじ』の『大御堂おおみどう』と呼ばれる伽藍がらんに祀られている観音像と思われます。その仏像を彫った僧侶こそが今回の黒幕です」


「黒幕?」


「いえ、黒幕と言うとニュアンスが少し違いますね。別にあのお方は悪巧みをしていたわけではありませんからね。ですが少なくともそのお方が徐福じょふくの遺志を継ぎ、龍脈とを求めてここ筑波山へ訪れ、『山の佐伯』の協力を得て『丹生都姫』を山頂に眠らせた」


「で、誰なのだそのお方とは?ちゃんとこいつにもわかるように説明してやれ」



「八幡神」が促すように言の葉を継ぐ。



「さっき言ったでしょ、だと。ここ常陸に密教をもたらし、筑波山の神と習合させ、『金丹』を求めて様々な奇蹟を残した聖人、それは……」


「お、おい、まさか……」



経範はその先に発せられるであろう人物名を予測したのか、信じられないといった顔で影道に向かって目を開く。



「そうです。真言宗の開祖、聖人こそが『丹生都姫』を封じた張本人です」


「…………!?」



彼女の口から出た名前に経範は絶句した。事もあろうに不老不死の仙薬を求めて金丹を開発する事業を受け継いだのが、よりにもよってあの空海聖人だとこの陰陽師は言うのか!?



「落ち着いて考えてみれば当然の帰結でした。そもそも空海聖人は高野山に根本道場たる金剛峯寺こんごうぶじを建てるにあたり、『丹生都姫』からその土地を譲り受けているのですから」


「なんだとう!?」



空海と丹生都姫の思わぬつながりに経範のみならず「八幡神」も驚きを隠せなかった。



「ええ、『金剛峯寺建立修行縁起』によれば、空海聖人が開山する際、地元の山の民の協力を得たとあります。その山の民こそが丹生にう氏であり、そのために高野山には彼らが祀った『丹生都比売神社』が建てられています。


「こ、高野のお山の中に丹生都比売を祀る神社が……?」


「そもそも空海聖人は『丹』を求めて高野山に目をつけた。そこに住まう丹生氏もまた徐福の薫陶を受けて『金丹』を研究開発する一族だった事は想像に難くありません。彼らは協力して高野山を中心に日本中に真言宗の勢力を広げていった。各地に眠る『丹』を求めて、ね」


「そして、その最果てであるここ筑波山に辿り着いたと、そういうわけだな」



「八幡神」が頷きながら言う。



「いや、だがわかんねえ。空海が徐福の後を継いで『不老不死の仙薬』の開発に着手していたとしても、なんで『讃岐』なんだ?『山の佐伯』たちは『讃岐造』と約定を結んだと言っていたぞ、どこに空海が絡んでくるんだ?」


「それは単純な話です、空海聖人の……おっと、どうやら到着したみたいですよ。ふう〜、話しながらだったのであっという間でしたが、流石さすがに疲れましたあ〜」



そう言って影道仙はペタリと膝をついてしまう。彼女の目の前には細々と流れ落ちる滝と、その脇にわずかに見える洞穴とが一行を出迎えるようにそびえ立っていた。

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